需要はなくとも、供給してしまう…
私のプライベート♪
ここ最近は、日常も非常にルーティーン化しておりまして。
夜は大体、26時頃まで仕事をしては就寝。
朝は、5時半に起床して、愛犬の散歩…
なのですが。
私は就寝時もクーラーを使用しないので、寝巻は常にタンクトップ♪
しかし、起床後に上記の時間にて散歩へ出かけると?
普通に外気がひんやりとして、寒い日すら、あったりなかったりで。
近年、すっかり短くなった「秋」も近づいているのかな。うむ。
他方。
なんとも些末(さまつ:取るに足らない)な話を持ち出しますと。
過日(かじつ:つい、先日)。
私の好きなスーパーマーケットで買い物をしていると。視界に入るは…
Eve!
小学生の頃は…
虫歯治療後の”かぶせ物”が外れてしまう程に噛んでいたガムであり。
おお!誠にご無沙汰です♪とガムを相手に挨拶を交わした後。
即、購入♪
美味しかったなぁ。
何が良いって、甘く芳醇な香りが良い。
あらゆる人々へ私の”吐く息”を届けたい衝動に駆られますが(笑)
さすが「お口の恋人」ロッテのロングセラー商品だけありますね♪
って、なんでこんな話をブログで綴っているんだか。
その理由は…
至極シンプル。
単に眠くて、頭が回っていないからであります。
うん。寝よう。
結びに。
アメリカのTV番組で、それは「MC歴代ナンバー1」と言い切って過言なき。
そんな女性の人気司会者が口にされていたっけな。
Eveを。じゃなくって。
Luck is preparation meeting opportunity.
「幸運とは、準備が機会と出会うこと」
えぇと…
竜史、準備はしてまっせ♪
でも。
まだまだ足りないなぁ。
引き続き。
不器用なほどに。
全力疾走だ!
^_−☆
投稿日 : 2025年9月07日
『時候の挨拶以上、有益な情報以下の話?』
ちょっと過ぎちゃいましたけども。
一昨日の9月1日は「防災の日」でした。
私が住んでいる安佐南区や、ひいては広島の県域においても近年。
幾度かの大きな豪雨災害に見舞われました。
加えて。
私も当時は発災直後より、地元に限らず、各方面を飛び回り。
復旧に復興、また、今後の防災へ向けても、それは…
一人の市民として、多くの貴重な経験を積ませていただいた次第です。
こうした「実感」(実体験)が伴った上で、今だからお話しいたしますと。
私が議員時代に果たせなかった構想、企画がありまして。
それは?
まずは、こちらをご覧いただきましょう。
これは、2014年の8.20豪雨災害にて、甚大なる被害の発生した…
安佐南区は八木、並びに緑井地区を3Dプリンタで再現した模型で。
こちらを、もう少し拡大してみましょう。
実際の地形、街並みを縮小、完全再現しているので、たとえば。
山肌に刻まれる「尾根筋」(Λ)と「谷筋」(V)がハッキリと分かり得ます。
そして、線状降水帯などが発生しては、山々に豪雨が降り注がれると…
「谷筋」が雨水のレールとなっては、その先にある住宅街へ流れ出すと。
ゆえに、危険な谷筋の先には?
かなりの割合で既に「砂防ダム」が設置されているのですが。
無数に存在する谷筋、その全てが網羅されている訳ではなく。
そこで。
海外などは、小学生から熱心に防災教育を行なっている国もあって。
前述した「自分が住む地域の模型」などを通じては…
「防災学習が出来ないものか?」と画策、試行錯誤した過去もあり。
加えれば、地域の公民館に、同様の模型が一つでもあれば。
繰り返しとなりますけども、通常は木々で覆われている…
その地肌部分の地形が分かるのですから。
自らの居住エリアと照らし合わせ、事前に色んな避難路の想定も立つと。
ハザードマップとは違うリアリティが学べるのは、言わずもがなで。
ならば、なぜ?
浅知恵と言われようと、私のアイディアが前に進まなかったのか。
それは、3Dプリンタで模型を作成するにあたり、非常に「高価」でして。
うぅん…。
と、昔話を長々と綴ってしまいましたが、その理由は…
「台風が近づいている」。
ここに尽きます。
どうか皆さまにおかれましても、早め早めの対応、予防策を。
m(_ _)m
投稿日 : 2025年9月03日
『アラート(警戒態勢)』
9月に入りましたね!
我が家では既に…
「今年も、もう終わりね♪」なんて冗談が飛び交っておりますが。
他方。
国内外のスポーツ情報を一挙に網羅しているSports navi(スポナビ)にて。
先月いっぱい組まれていた「特集」も終了。
どこか秋の風を? いやいや。まだまだ残暑の厳しき日は続きますけども。
改めて、同サイトより”そのまま”引用いたしますと。
【8月集中連載】広島”街中スタジアム”誕生秘話
日本初の「街なかサッカースタジアム」はなぜ、広島に誕生したのか?
そしてなぜ、20年以上の歳月を必要とすることとなったのか?
終戦と原爆投下から80年となる2025年8月、
平和都市・ヒロシマにおける、
知られざるスタジアム建設までのストーリーを連日公開(全30回)
私も取材を受けては文中、幾度となく登場させていただきました。
端的に読後の所感を述べますと。
「その時々のタイミングで、それは多くの人々が」
「こうした考えであったり、そんな行動をされていたんだな」と。
私が初めて知る事実も多く、非常に興味深く拝読させていただいた次第です。
しかし、こと私に関しましては?(私についてのインタビュー記事は?)
”議員”活動の前段となります、新スタジアム建設へ向けた…
”市民”活動時の内容がほとんどなので。
あの長きにわたる「激闘の裏側」(議員時代の奮闘)の記述は殆どなく。
(唯一「議員時代に署名活動を仕掛けた」事実くらいでしょうか)
でも、そのあたり(舞台裏)は実際、公では触れられない事項が多く(笑)
それは当然ながら「違法」云々ではございません♪
「誰が如何に動いたのか?」とのプライバシー保護の意味からであり。
うぅむ。
そう考えると「ノンフィクション」って難しいですね。
いずれにせよ。
話は前後いたしますけども。
戦後、市民が無我夢中で復興へ向かい、日々の営みを刻まれる折。
街のド真ん中から当時、国内最高の照度(照明の明かり度合い)を誇り。
希望の明かりを灯しては、多くの市民へ希望と活力を届けてくれた…
旧市民球場は、当初。
丁度、現在の新サッカースタジアムの場所が建設の候補地でした。
しかし、結果的には平和記念公園の北側に隣接されることに。
あの戦後初の公選市長として通算4期16年、広島復興の牽引役を果たされた…
浜井信三氏は口にされています。
「市民球場の完成で、球団の収入も増し」
「市民も仕事をすませて野球を楽しむことができるようになったのは」
「喜ばしいことであった」
「難をいえば、ただ敷地だけは土地経済の上からも」
「交通緩和の点からも、いまの電車通りに面したところではなく」
「われわれが当初計画したように」
「もっと公園の奥へ持って行ってもらいたかったと思っている」と。
コチラの”公園の奥”とは?
別の機会に「広島城の西側」と述べていらっしゃいますとおりで、そう。
現在のEピース誕生の場所に位置します。
悠久の時を超え、復興を掲げては…
野球場を造らんとしていた場所に、サッカー場が。
そこで、今回の結びに私見を少々。
実直なる、地に足をつけた街づくりは非常に大事。
しかしながら、実用性も兼ねた上で、やはり「インパクト」って…
国内外を問わず、人々を誘引いたします。
(土地の歴史にも敬意を表したストーリ性も込み)
そうした意味合いでも、究極の国際平和文化都市を創造するに。
私は現在でも、新サッカー場は「旧市民球場跡地が最良であった」。
この信念を疑いませんし、譲りません。
ただし。
そこを極めんとすれば?
現在でも新スタジアムは誕生していないわけで。
「妥協案」にあらず「折衷案」か…。
うむ。
まあホント。色々ありましたもん(笑)
さてと。
仕事だ。
投稿日 : 2025年9月01日
『月はじめに早くも振り返る』