一昔前は、兎にも角にも自らの日常をSNSに投稿していましたが。
過去4年くらいは、インスタグラムにせよフェイスブックにしても。
年間にして「数えられるほど」しか更新をしておりません。
ほぼ「まったく」と表現しても過言なきレベル。
しかしながら、たとえば…
先だっての「サンフレのホーム最終戦」。
こちらをホント久々にSNSにアップしたらば?
フェイスブックだけでも、すぐに…
400人くらいの人々からリアクションを頂戴し。
(過去は即座に”この数倍”でしたが、これだけ間隔を空けていてもなお♪)
昨今の”選挙戦略”ではありませんけども。
情報が瞬く間に広範囲へ拡散される、その事実を再認識していたり。
そんな、今日この頃です。
そこへ乗じて話を続ければ。
私と「SNSで繋がっている」人々は無論、多様なる方面の”関係者”が多く。
ここ数日は?
”12月議会”の話題、その投稿を目にする機会が増えていたりも。で。
「嗚呼、そんな時期か」「もう開会したんだな」「懐かしいな♪」と。
どこか、なんだろう?
我が胸のデリケートな部分に複雑な感情が去来している次第です。
だって、13年間に及び日々、全力を尽くしておりましたゆえ。
「そうだ」「そこには居ないんだ」と、改めて。
ただし。
この期に及び、後ろ髪を引かれているのではございません♪
Why?と問われれば…
Becauseと答える。
私が失職したのが本年の5月2日で。
再就職したのが6月2日となりますけども。
”その”再スタートから、およそ半年間が経過して。
”この”間に、私。
それは多くの人々と「初対面」を果たしました。
タラにレバ、そこへ「もし」なんて無いにせよ。
前述、「その人々と会えなかった違う人生」も存在していたわけで。
否、逆に本来は”そちらの人生”を歩んでいたのですから。
なんの強がりでもなく、顧みれば、あらゆる一切合切を…
現在、前向きに捉えている自分が居ます。
失職しているのですから、これは失礼な物言いとなれ。
でも素直に「良かった」と。
仮に、その人々に「出会えなかった」別の人生を考えると、うん。
あり得ない。
それだけ、大事な出会いをコツコツと、この半年間。
積み重ねているんですね。
誠に有り難いな。
云々と語りながら、まるで信号の如く。
ここ数日間の…
赤、青、黄色の街角フォトを並べてみました♪
さあ。走ってナンボのこの師走。
信号は?
常に「進め」を照らしています。
I’m on my way!
今、向かっていますよ!
♪( ´θ`)/
投稿日 : 2024年12月4日
『我が道にバックミラー不要なり』
まだ私がスタジアムで喋っていた頃に…
青ちゃんが入団して来ました♪
それからというもの、苦楽を共にしながら。
公私にわたり、沢山の思い出を一緒に築いてきたりも。
彼の結婚披露宴で司会を務めた前段、閉店間際の百貨店に…
「新婦さんへのサプライズグッズ」を一緒に探しに行ったっけ。
彼が怪我で入院中。
アウェイで戦うサンフレの試合が病院では放送されないからと…
病室を抜け出して我が家に♪
ウチの両親が驚いていました!
「アレ?青ちゃんがリビングにいる⁉︎」(笑)
寿人君とのホットラインに初優勝の歓喜、etc 。
そんな青ちゃんのホーム•ラストゲームでは。
涙が止まりませんでした。ふう〜。
濃厚な思い出の数々たるや、枚挙にいとまはありませんけども。
多くの感動を本当に有り難う。
つきましては、サンフレッチェには伝統的な至言があり、それは?
「気持ちには引力がある」。
リーグ最終戦で是非とも、彼と新たな☆を共有いたしましょう!
アナタも私も。
流れる血液は…
紫色なのですから♪
٩(^‿^)۶
投稿日 : 2024年12月1日
『My blood type is Violet!』
つい先日。
Yahoo!ニュースで話題になっていましたね。
”しまち”の適否について論議。
広島ローカルのニュース番組にて、メインキャスターが…
ニュース原稿の”市町”を「しまち」と読んでいたところ。
ある視聴者がX(旧ツイッター)にて、苦言を呈しました。
「市町をしまちと読んでいるようでは困りますなあ」と。
その投稿を受けて、私もよく存じている彼の引用リポストが…
つまりは、森アナの「そこへの返信」が話題になっていたモノで。
(以下参照)
私にせよ、このネットニュースを目にした瞬間に?!
「嗚呼、あるある」「度々あるなぁ」「同様の経験談」「類似例は…」
との所感を抱いた次第です。
まずもって、遡れば私が議員に初当選した約14年前。
当時は、議員は勿論、行政側も市長、職員さん、その”全員”が…
委員会や本会議の場でも、市町を「しまち」と発していました。
しかし、うろ覚えですが、5年前くらいになるでしょうか。
あるタイミングを機に”行政側”は、市長をはじめ、皆が皆。
答弁や会見の場でも、それを「しちょう」と読み始めました。
ゆえ。最初の頃は、「しまち」「あっ」「しちょう」と読み直す…
なんて場面には度々、遭遇したっけな。
前記、この時点でも「市長」と「市町」(しちょう)って混同します♪
そして、最近は混同を回避すべく…
「し・ちょう」とわずかな間隔を空けたり「しやちょう」と言ったり。
で、思うのです。「しまち」でイイじゃん。って。
当然、音と音、訓と訓の「熟語」形成、そこへ…
「重箱(じゅうばこ:音と訓)読み」や「湯桶(ゆとう:訓と音)読み」まで…
その一切合切を踏まえた上で。
私は敢えて「しまち」と読み、発し続けていました。
違和感を排除し、「伝わりやすさ」を最優先すべく。
「全国でも、多くのしちょうでは…」
え?それ市長? それとも市町?ってなりますよね。一瞬でも。
(音声ニュースなどでは特に)
で、蛇足として。
「行政」組織って、定期的に「お達し」が回るモノで、例えば。
一昔前は行政も「啓蒙」(けいもう)との表現を用いていましたけども。
現在は、「啓発」(けいはつ)との表現に統一されています。
(理由は割愛しますけども)
で、補足として。
アナウンサーは、「約20回」との原稿も必ず。
「やく20回」が「ひゃく20回」と聞こえての混同を生まぬように。
「およそ20回」や「20回あまり」「20回程度」と表現するモノ。
何を言わんや。
一例で、「喋り手」のプロはプロで、現場へ出る前に…
それは多くのトレーニングを受けては、また。
現場へ出てからも多くを「現場で」学んでいきます。
確かに、熟達したレベルに至っていないアナは数多くとも。
その「相手の土俵」(今回のケースでは喋りの現場)へ物申すにあたり。
なぜに?
こうも直情的なんでしょうか。
まさに現代社会を映し出す「典型例」と言えるでしょう。
確かに、指摘した側に”悪気”など微塵も無かったかも知れません。
が、そこに「逡巡」(しゅんじゅん:ためらい)とは社会のマナーであり。
世の中、そんなにも表層的、単純には回っていない。
「えんじゃくいずくんぞ こうこくのこころざしをしらんや」なんて。
つまりは、小さな鳥は、大きな鳥の考えが分からない。
「小人物は大人物を理解し得ないもの」なんて言い方はしませんけども。
繰り返せば、「実は、もっと舞台裏は深く濃いのですよ」なんてケース…
世には星の数ほど存在しています♪
誰もが途上の身であり、生涯学習中。
他者に対しても増長する(ぞうちょう:思い上がる)でなし。
卑屈にならないまでも、分相応に「謙虚」さは忘れたくないかな。ハイ♪
いずれにせよ、例えば私など。
仮に”そこら”世界の住民が存在したならば、もう最近など?
下手に近づきません。キッパリ。
そこへ自らの貴重な時間や大事な感情を奪われるのが勿体無いので。
いや。無論。
人付き合いに正解などありません。
でも、驚くほど浅薄な(せんぱく:考えの浅い人)人々が…
社会に増殖しているのは事実であって。
どうか可能な限り。
自らの身は「自らでも」守ってくださいまし♪
手法は色々…
あるのですから。
^_−☆
投稿日 : 2024年11月27日
『ディープ・ラーニング?』