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石橋りゅうじ 議会棟控室

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この度の件について

まずもって、この度の検察審査会の決議に於いて。

連日にわたり、報道を通じては世間をお騒がせしてしまい。

何より、政治不信を生み出し、助長する一連の事案に名を連ね。

改めて此処に、心よりお詫びを申し上げます。

冒頭にも触れました決議の「起訴相当」により、今週から。

検察による再捜査が始まり、私も地検に呼ばれておりますので。

真摯に応じて参る所存です。

重ねて、今日までも。

友人知人をはじめ、各方面より心配、叱咤や激励を頂戴するにあたり。

時に、誤解も生じているようなので、続けて綴らせて頂きますと。

あくまで、私の場合とさせて頂きますと。

当時から3年が経過しての「時効」など、最も望んでおりません。

何故ならば、あらゆる事象が有耶無耶に終わってしまいますので。

私は、国民の方々から選出された11人の民意による決議に対して。

当然ながら、間違っても異を唱えるつもりはなく。

繰り返しとなりますけども、厳粛に受け止めています。

それは、嘘偽りなく。

故に、ここまで不快な話題が世に流れ続ける事に。

心底、申し訳ない気持ちでいっぱいですが。

兎にも角にも、先ずは再捜査へ臨む次第であり。

また追って、ご報告させて頂きます。

投稿日 : 2022年1月31日
この度の件について

見直しよ Hurry up!

先だって、盟友である「佐藤いっちょく」県議会議員と…

語り合うは、下記について。

此処に、改めて。

《佐藤いっちょくブログ》

(1月21日号「自宅療養で家族は20日間の隔離生活って…」)

先だって、国会でも…

「ようやく?」取り上げられては。

全国ニュースや今朝の新聞(産経)でも…

「ようやく?」スポットが当たり始めました。

いずれにせよ、国も早急に対策を練り、実行に移すと。

「陽性者」よりも「濃厚接触者」の方が?

自宅待機が「長期」にわたるケースも散見され。

仮に“このまま”で推移すると、例えば東京都の場合。

2月の8日あたりでは?

「人口の10分の1」は自宅待機に陥ってしまうと。

他方、海外では、感染拡大を防止&抑止しながら。

ワクチンの接種者(回数や時期にも起因しますけども)には?

マスクの着用を必須としながら“自宅待機”までは求めない。

こうした、より実生活や社会構造を踏まえた対応をする国もあり。

いずれにせよ「濃厚接触者の隔離期間」等が見直される…

そのタイミングが、いつになるにしても。

コレだけ感染者が急拡大する折、「容易ではない」と諦める事なく。

3密回避やマスク着用に手洗いの徹底等。

最大限に、自らや、周囲の人々までも「護(まも)り抜く」。

何卒。

m(_ _)m

投稿日 : 2022年1月27日
見直しよ Hurry up!

あひえん(合縁)

「もしも忘れてしまった時のために」書き留めておく行為が、備忘録。

ならば、決して忘れる事はないので。

この度は、さながら過去を思い出しては、懐かしむ…

回顧録。と言った感じでしょうか。

プライベート“ど真ん中”の話題となりて誠に恐縮ではございますが。

私も、友人知人も「非常にお世話になった」ので。触れずには、いられず。

広島で「ウェルストン・プロモーション」と聞けば?

老舗であり有名な「モデル(タレント)事務所」で、今日までも。

地元TVやラジオでも活躍される多くの喋り手、人材を輩出され。

他方、フラワーフェスティバルなど。

数々のイベント企画・運営にも携わっていらっしゃり、その…

代表を務められていた「史朗(石田)さん」と言えば?

業界内で知らない人はいらっしゃいませんでした。

私も20年来のお付き合いがあり。

過去には司会業の現場に於いて、無数にお世話になったモノです。

いつも笑顔で朗らかな、いわゆる業界の顔でもある、ビッグ・ダディ。

そんな、数多の現場でディレクターを務められ、かつ多方面に渡り。

ご活躍されていた史朗さんが、先週末。

まだ60過ぎにもかかわらず、お若くして亡くなられました。

誠に残念でなりません。

私が2011年より、市議会で活動をさせて頂く事が叶い。

しばし、疎遠になっていたのですが、あれは2018年の7月上旬。

西日本豪雨により、県内各地へ同時多発的に甚大なる被害が及び。

広島県は安芸郡の一角にある神社、及び周辺一帯も被災。

しかしながら、街への被害は広範囲に渡り「支援の手が伸びる」その前段に。

「行政の調査」すら、なかなか各所まで及ばぬ状況。

ついては、そんな孤立無援を憂い、史朗さんがSNS上で…

「誰か被災現場と行政を繋げてくれないか?」

と訴えていらっしゃいました。

当時、まだまだ復旧へ向けて、世が喧騒に包まれている折。

偶然にも私は、友人の投稿を介し、同メッセージに触れ。

現場へ急行しては、知っている地元議員さんに繋いで…

取り急ぎ、その場を取り持つと。

さすれば、SNSたるや当然「閲覧の履歴」を学習、反映させるモノで。

ひとたびSNSを開きますと、都度…

“冒頭から”史朗さんの投稿が登場するようになりまして。

続いては?

「倒木が複数、民家に直撃しては、土砂撤去等を進めるにも…」

「重機の搬入を妨げている」

「誰か早急に伐って(撤去して)くれないか!」との投稿が。

無論、史朗さんの懇願であり、私は再度…

チェーンソーを担いで現場へ飛び。

それから。と言うもの。

私も市内各所の被災地を巡りながら、定期的に現地へ足を運び。

炎天下、お互い真っ黒に日焼けしては、汗ビッショリになりながら。

一定期間にわたって、共に復旧作業に従事いたしました。

誠にもって、みんなで一丸となった“あの頃”が…

非常に懐かしく思い出され。

史朗さんたるや。

打算や損得勘定で行動する人物ではなく。

故に、それは多くの人々から慕われ、愛された人物。

この数年、病を患っていらっしゃったそうです。

「みんなで、お好み焼きを食べに行こう」との話が上がった際。

私は現場が重なり、止む無くも欠席となってしまい…。

もう1度、会いたかったな。

短くても構わないので、言葉を交わしたかった。

名ディレクターだったのに。

段取りが違うぜ。

広島エンタメ業界の大功労者へ。

衷心より哀悼の意を捧げ。

謹んで願うは。

何卒、ゆっくりと休まれて下さい。

合掌。

投稿日 : 2022年1月25日
あひえん(合縁)

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