9月に入りましたね!
我が家では既に…
「今年も、もう終わりね♪」なんて冗談が飛び交っておりますが。
他方。
国内外のスポーツ情報を一挙に網羅しているSports navi(スポナビ)にて。
先月いっぱい組まれていた「特集」も終了。
どこか秋の風を? いやいや。まだまだ残暑の厳しき日は続きますけども。
改めて、同サイトより”そのまま”引用いたしますと。
【8月集中連載】広島”街中スタジアム”誕生秘話
日本初の「街なかサッカースタジアム」はなぜ、広島に誕生したのか?
そしてなぜ、20年以上の歳月を必要とすることとなったのか?
終戦と原爆投下から80年となる2025年8月、
平和都市・ヒロシマにおける、
知られざるスタジアム建設までのストーリーを連日公開(全30回)
私も取材を受けては文中、幾度となく登場させていただきました。
端的に読後の所感を述べますと。
「その時々のタイミングで、それは多くの人々が」
「こうした考えであったり、そんな行動をされていたんだな」と。
私が初めて知る事実も多く、非常に興味深く拝読させていただいた次第です。
しかし、こと私に関しましては?(私についてのインタビュー記事は?)
”議員”活動の前段となります、新スタジアム建設へ向けた…
”市民”活動時の内容がほとんどなので。
あの長きにわたる「激闘の裏側」(議員時代の奮闘)の記述は殆どなく。
(唯一「議員時代に署名活動を仕掛けた」事実くらいでしょうか)
でも、そのあたり(舞台裏)は実際、公では触れられない事項が多く(笑)
それは当然ながら「違法」云々ではございません♪
「誰が如何に動いたのか?」とのプライバシー保護の意味からであり。
うぅむ。
そう考えると「ノンフィクション」って難しいですね。
いずれにせよ。
話は前後いたしますけども。
戦後、市民が無我夢中で復興へ向かい、日々の営みを刻まれる折。
街のド真ん中から当時、国内最高の照度(照明の明かり度合い)を誇り。
希望の明かりを灯しては、多くの市民へ希望と活力を届けてくれた…
旧市民球場は、当初。
丁度、現在の新サッカースタジアムの場所が建設の候補地でした。
しかし、結果的には平和記念公園の北側に隣接されることに。
あの戦後初の公選市長として通算4期16年、広島復興の牽引役を果たされた…
浜井信三氏は口にされています。
「市民球場の完成で、球団の収入も増し」
「市民も仕事をすませて野球を楽しむことができるようになったのは」
「喜ばしいことであった」
「難をいえば、ただ敷地だけは土地経済の上からも」
「交通緩和の点からも、いまの電車通りに面したところではなく」
「われわれが当初計画したように」
「もっと公園の奥へ持って行ってもらいたかったと思っている」と。
コチラの”公園の奥”とは?
別の機会に「広島城の西側」と述べていらっしゃいますとおりで、そう。
現在のEピース誕生の場所に位置します。
悠久の時を超え、復興を掲げては…
野球場を造らんとしていた場所に、サッカー場が。
そこで、今回の結びに私見を少々。
実直なる、地に足をつけた街づくりは非常に大事。
しかしながら、実用性も兼ねた上で、やはり「インパクト」って…
国内外を問わず、人々を誘引いたします。
(土地の歴史にも敬意を表したストーリ性も込み)
そうした意味合いでも、究極の国際平和文化都市を創造するに。
私は現在でも、新サッカー場は「旧市民球場跡地が最良であった」。
この信念を疑いませんし、譲りません。
ただし。
そこを極めんとすれば?
現在でも新スタジアムは誕生していないわけで。
「妥協案」にあらず「折衷案」か…。
うむ。
まあホント。色々ありましたもん(笑)
さてと。
仕事だ。
投稿日 : 2025年9月01日
『月はじめに早くも振り返る』