春分の日の朝7時。
私は自転車を駆り、平和大通りを東進しておりました。
目指す先は?
懐かしのテレビ新広島。
この日は、朝の情報番組「満点ママ」のMCを約20年にわたり務められた…
古沢知子アナウンサーの番組卒業スペシャル生放送にあたり。
「枯れ木も山の賑わい」なんて、そこまで自らを卑下しないまでも♪
”過去から今日までの出演者・約40人が大集合”の一人としてお声がけを頂き。
私は20年前の番組立ち上げ時から10年ほど出演しては。
何より、古沢アナとは他の番組でも共演していたことから。
謹んで、打診を快諾、足を運ばせていただきました。
報じられておりますように、古沢アナは急性骨髄性白血病を発症後。
4年間の闘病生活を経ては番組に復帰されたのですが。
後遺症による体力の衰えなどを理由に、年度末での退社を決断されたとのこと。
私が初立候補へ向けて番組を卒業してから7年後に前記の発症が見られ。
当時、メールにてお見舞いと激励と届けたところ。
すぐに気丈に振る舞う文面にて返信がありました。
ホント”気遣い”の人。
未成熟なる出演者が古今東西、溢れかえる渦中にあって。
ホント”大人”でいらっしゃり、この度にせよ。
面と向かい、心からの「ねぎらい」をお伝えしましたけども。
かれこれ30年のアナウンス生活に闘病生活も、よくよく頑張りましたね。
どうかどうか、ゆっくり休んでくださいな。
では、同特番放送終了後の一コマを2つ、ご紹介。
まずは、一コマ。
番組終わり、場所を移しては出演者・関係者が一堂に会してのお別れ会が催され。
その席で、古沢アナと昔話に花を咲かせたわけなんですが。
当時、我々が丁度、同時期に第一子を授かったこともあって。
ロケで一緒の時は、いつも車中で二人、子育て談義。約20年前の話です。
さすれば?
この度の席にて瞬時、古沢アナから…
「◯◯ちゃんはお元気ですか?」(私の娘の名前)って。
えええーーーー!!! Σ੧(❛□❛✿)
私、愛娘の命名にあたり、現在でも「最高の名前を選択した」との自信があり。
しかし、語源がフランス語なので「10人中の9.8人」は一発で覚えられません。
なのに。さすがだね。さすがだな。
敬服。
続いて、もう一コマ。
生放送中、私はメイン席の横、いわゆる「ひな壇」と申しましょうか。
多くの出演者が着座する、その最後部、最も端を”敢えて”選んでは。
放送中、ずっと拍手を送り、柔和な笑顔を浮かべておりました。
イコール、言葉すら発することなく終始、控えめに振る舞っていたと。
理由は?
当然ですよね。
私が番組を卒業して15年。
今や違う世代が番組を支えているのに、そこで私が出しゃばり…
悪目立ちするのは違います。
さすれば?
放送終了後、スマホに幾人からのメッセージが届いておりまして。
「石橋さんはスペシャルなのに出てないんですね」
って。
いや。
あの。
出てたんですけど…(笑)
(集合写真との答え合わせ)
では、結びに。
古沢アナをはじめ、多くのスタッフとも久々の挨拶を交わすことが叶いました。
I had good time ♪
今一度。
お疲れさま。古沢さん。
有り難う。満点ママ。
(⌒▽⌒)/
投稿日 : 2026年3月21日
『イレギュラー』