電話やメール、LINEにて。
各方面と硬軟にわたるやりとりをしていると、先方から…
「湯崎知事 次の知事選に不出馬の意向 16年ぶりに県トップ交代へ」
の話題が持ち出されてまいります。それは高頻度に。
では、はじめに。
知事という役職について、ちいと(少し)だけ掘り下げてみましょう♪
まずもって、行政には「継続性」がありますので、極言を用いれば。
どなたが知事であろうとも、たとえ同ポストに着任した人物が…
政治について未経験、極々一般の素人さんであったとしても。
「経年」により県政は確実に変化しますし、前進もいたします。
県の職員さんって、本当に優秀な人が多いですし。
各々の部局では平素より、常に「改善」が図られておりますので。
時代とともに不要となった施策や伴う予算は…
トップダウンでなくとも、現場レベルで削減へのアクションが起こされ。
時代とともに必要であり対応の求められる施策や予算、条例等は…
同様、上からの指示がなくとも、現場レベルで補正への動きが生じます。
また、一例では長期タームで企てている都市計画や教育等の制度にせよ。
繰り返しますが「継続性」をもって、知事が不在であろうと動くもの。
(トップが大々的に関わることによって精度や熟度、速度の差異は生じますが)
つまりは、政治家たるや。
性格が良かろうと悪かろうと。(良いに越したことはなし♪)
「その人が、そこへ就いては手腕を振るったがゆえに残された」
”実績”ナンボの世界であって”ここ”が評価の対象となり。
蛇足ながらも付言すれば…
知事Aの県政16年間では「こうした現況」が築かれたけども。
仮に知事Bの県政16年間の場合であれば「違う現在」が築かれていたと。
ある種、サイエンス・フィクションの世界観。
(ある人物が就任したがゆえ、失われた時間や税金、何よりも尊い好機がれっきとして存在する反面も加味)
ならば、湯崎政権の16年間は如何に?
顧みれば、乱世の時代に詠まれた辞世の句。
「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
引きどき、譲りどきを心得ている人の生き様は、実に…。
そして、話は現代の広島へ。
湯崎氏、云々よりも。
同氏に今日まで引導を渡せなかった…
根本なる”構造”部分が問題であって。
私物化しているよ。
アレもコレも。
結びに。
お願いだから。
市長選への鞍替えとかやめてね♪
もうお腹いっぱい。
嘆息。
投稿日 : 2025年8月19日
『何がないって…』