戦後80年。
8月6日を迎えました。
今月に入り、15日の終戦記念日あたりまで。
急激に平和や戦争に関しての報道が集中するを…
例年「8月ジャーナリズム」と表現され。
こちらは?
”メディア”へ向け「取ってつけたように…」と。
皮肉も込めて揶揄する言葉ではありますけども。
そこは、実際のところ…
”我々へ対して”も同様であって。
自戒の意味を十分に踏まえたうえで。
日々の生活に追われながらも、我々は。
平素より「いかほど」平和や戦争について、思いが及んでいるのか。
加えたらば。
「いかほど」の行動を起こしているのか。
私は何も。
「思いを寄せるべき」「行動を起こすべき」「誰もが必ずや」
なんて話をしておりません。
率直なる問いに他ならず。
かつ他責にするにあらず。無理強いするでもなく。
一例では、ガザ侵攻にせよ。
80年前でなく、同じ空の下で「今」現在の話。
このわずか数年間で既に6万人以上が命を奪われ。
現地では未だ餓死者も後を絶ちません。
改めて、足下へと目を移し。
国際平和文化都市を標榜するのであれば。
行政主導でも民間レベルでも構いません。
最低限の組織化を図り。
世界から浄財を募り、基金を形成。
ガザのような場所へ、迅速に手を差し伸べる。手立てをする。
そうした仕組みづくりが…。
私とて。
議員時代にとどまらず。
民間レベルでも出来ることは数多にあるわけで。
まだまだ。まだまだ。
引き続き、コツコツと、一歩一歩。
人に優しくあれ。
人に優しく。
投稿日 : 2025年8月06日
『dignity』