さて。私なんぞ、まだまだ人生のヒヨッコが。
したり顔(自慢げな表情)で、皆様方へ向かいて…
「口上(こうじょう)を述べる」。
世の中は、そんなシステムに到底、なっていないわけですが。
この「口上」とは、歌舞伎や浄瑠璃などの興行において。
舞台上より出演者が、挨拶や紹介等々を述べる営為(行為)であり。
ならばと。
未だ無職ながら、徐々に動き出さんとしている不肖、私をもって。
室町時代の能役者、世阿弥について…
少々、語らせていただくとします♪
はじめに。芸の世界の大先輩であられながら…
そこは「世阿弥兄さん」との表現は慎み、「世阿弥師匠」は?
誰もが幾度も耳にする「初心 忘るべからず」を持ち出すまでもなく。
数々の名言を後世に残してくださっており。
”風姿花伝”などは「名著」なんて表現では収まりませんけども。
ここで、そんな芸事の教科書よりワンセンテンス(一文)をピックアップ。
「されば、時分の花をまことの花と知る心が、」
「真実の花になほ遠ざかる心なり。」
「ただ、人ごとに、この時分の花に迷ひて、」
「やがて、花の失するをも知らず。」
はい。
「時分の花」とは”若い年齢”の役者だからこそ、併せ持つ…
美しさ、はつらつさ、輝き、魅力、等々によって…
観客、観衆を魅了する能力(花)であり。
こちらの「時分の花」を?
研鑽と鍛錬、学びを積み上げて高め、極められては生み出される…
「まことの花」である、と見誤っていると?
「モノホンの花(芸)には出会えませんぜ」と。
つまりは。
若さゆえの”旬”など一時的であり、成熟を迎えた花こそ本物で。
(私の個人的な「意訳」込み♪)
しかも、世阿弥師匠、曰く。
そんな花を咲かせるためには、常に停滞することなく。
「変化し続けなければなりません」とも。
では。結びに。
今回のブログを要約しては”一言”でまとめますと?
私の現況に関します長い言い訳であり、自己弁護であれ。
事実、室町にあらず現代社会においては…
52歳なんて、まだまだ若輩者であり。
これより円熟味を増して行きますので。
引き続き、何卒。
P.S.
堅苦しい文面、その雰囲気を少しでも中和するため。
つい”この種の写真”を採用してしまうのですが。
私は常に、真剣です。
m(_ _)m
投稿日 : 2024年5月21日
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