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石橋書房

ふと気づけば、ここ最近?

必ず「日曜日には」ブログを更新している気がします。

しかし、別に他意はなく。

余談までに、私は…

当ブログへの「アクセス数」を全く存じておりません。

何かカウントが出るわけでなく、私が知りたがるわけでなく。

それこそ“2005年”あたりからブログをはじめ。

当時は、サンフレッチェやテレビ業界で働く舞台裏などを綴り。

「今よりは」かなり多くの方々がアクセスして(読んで)くださっていた…

であろう事実は容易に推察され。

それ相応のリアクション(感想)も常に頂戴していました。

ならば、現在は頂戴しないのか?

それが、幸いかな「否」であって。

何百人から頂戴せずとも。

市内・県内のみならず、九州や隣県、関東からも。

たとえ“熟読”や“待望”とまで行かずとも、目を通してくださる方々が…

一定数は存在してくださっており。

また、時に思いもよらぬ方向から「感想をいただく」ことも多く。

(たとえば目上の男性ですとか)

なにぶんにも、書き綴る口語調の文体が30代の頃から変わらないので…

それはそれで申し訳なかったりするんですけども。

いずれにせよ。

本当は、どんな些細な事であっても「毎日」アップしたいところ…

いつの間にか起床しては熟睡している日々が続き、さすがに叶わず。はい。

長いエクスキューズをこの辺りとし、話は冒頭へ戻り。

日曜日ですね。

無論、竜史は本日も稼働中。

でして、日曜と言えば。

かねてより新聞各紙では「お奨め書籍」の特集を継続されており。

そこで目に留まり、購入へとアプローチした機会は私も過去に数知れず。

ついては、この機会に私も一冊、ご紹介させてくださいまし。

「カウンターの向こうの8月6日」

【書籍情報】
著者:冨恵洋次郎
出版社:光文社
分類:社会・ノンフィクション

そして【書籍説明】は?

1年前の9月議会にて、私が一般質問を行い。

その中で「冨恵さん」を取り上げた、読み原稿をもって代えさせてください。


さて、本市でも、鬱病・自殺(自死)対策を本庁内で総合的に推進させるため、庁内関係者会議が設置されているように、いま一度多面的なアプローチから自殺を未然に防ぐべく、これより一人の人物を紹介させていただきます。

冨恵洋次郎さん、1979年、広島市出身。

名門広商野球部で活躍された後、上京し、そこで接客業などのビジネスに魅せられては、関東圏で修行を積み、その後、地元に戻りバーを出店されます。

バーテンダーを務めながらカウンター越し、事あるごとに、お客様から原爆や平和について尋ねられ、そこで明確な返答のできぬ自らの不勉強を悔いては、平和記念資料館や図書館へ通い始めるなど、改めて広島を学び直すのでした。

このような機会も手伝い、被爆者の方々の実体験を見聞きするたび、生き抜かれる姿に感銘を、また、復興への尽力に感謝の念を覚え、次第に一人でも多くの人々に被爆者の話を聞いてほしいとの感情が芽生えて、2006年より毎月6日、被爆者の方々を自らのバーにお招きしてお客様を前に語っていただく証言者の会を催し始めます。

そこで体験談を伺えば伺うほどに知への探求が深まり、2008年からは仕事の合間を縫って平和公園でボランティアガイドも開始するなど、被爆の実相を世に継承する活動を地道に続けられるのですが、2017年1月に肺がんが見つかります。

ステージ4でした。

そして、半年後に永眠。私も野球の硬式ボールを手に病床の彼を見舞いましたが、あまりにも若い死に残念でなりませんでした。

ただ、洋次郎さんは、闘病中に執筆活動を続けては、著書「カウンターの向こうの8月6日」の出版にこぎ着け、この第3章に「自殺大国日本で生きるメッセージ」とあります。

飽食の時代にもかかわらず、全国では自殺で何万人もが命を落とし、カウンターで楽しく飲んでいたお客様の中にも、後日、自ら命を絶った人が幾人もいらっしゃり、もしあのときサインに気づき、何か言葉をかけていればと、洋次郎さんは自らの無力感をとがめるのでした。

そこで、若輩なる自らより、今日まで生き抜いてこられた被爆者の方々の言葉のほうがはるかに重みがあり、人々の励ましにもなるはずと思い立ち、それからは少し元気がないなと感じたお客様には、さりげなく毎月6日の証言者の会へ誘い始めたそうです。

当時18歳で被爆した女性は、体に大きなやけどを負い、もう幸せな結婚はできないと人生に絶望し、列車に投身自殺を図ろうとしたところ、後から追ってきた父親に寸前で助けられ、おまえの姉たちは死にたくないと言い残して死んでいったんだ、頼むから生きてくれと告げられました。

洋次郎さんは、このお父様の言葉を今こそ伝えたい、命を絶とうとする人たちの救いになってほしいと熱望され、証言者の会では、生きる苛酷さに押し潰されそうになりながら懸命に真っすぐ生きてきた人々の話が聞ける、これこそがこの会を継承する大切な意義の一つなのだ、回を追うごとに実感できたとつづられています。

人々が孤立しているとき、また、落ち込んでいるときなど、とにもかくにも元気づけ、希望を持たせようとする過度なアウトリーチはかえって相手方が自らを否定する感情にもつながりますが、洋次郎さんは、百数十回にもわたり証言者の会を開いては、先達の生きざま、その人生を通じて命の貴さを伝え続け、そして、旅立たれる前に次の言葉を残されました。

今ある身近な幸せに気づこうと。

そんな洋次郎さんの思いを改めて広島市に生かし、後世にもつなげたく、ここに伺います。

自殺は個人や各家庭の問題ではなく社会の問題であり、改めて、かけがえのないお一人お一人の命、その貴さを学び、支え合える本市を築いていくべきかと存じますが、自殺対策にかける本市の思いをお聞かせください。

結びに、亡くなられた人は残された人々の記憶から忘れ去られると二度目の死を遂げるとも言われますが、本市は、洋次郎さんが亡くなられた後、その御功績に敬意を表し、感謝を込めて、広島市民賞を贈ってくださいました。

不肖、私なんぞ、友人代表ではありませんけれども、本市の計らいに対し、ここにいま一度お礼を申し上げ、重ねて、現世へ確かに刻まれた洋次郎さんの歩みを引き続き未来へつなげていかなければなりません。

自殺に関しましても、昨今では、周囲の人々まで巻き込む拡大自殺と表現される痛ましいニュースも後を絶ちませんが、あくまで目標は前年度比云々ではなく、ゼロです。

今後とも、何かと条件の整ったいついつからではなく、本日この後の答弁からお力添えをいただけますよう衷心よりお願いを申し上げ、私の一般質問を以上といたします。

投稿日 : 2023年10月08日
石橋書房

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