詳しくは、末尾に補足の説明をさせて頂いておりますが。
冒頭から“唐突”感の否めない文面が続き、その理由は。
「先月24日」にアップする予定でありながら、途中で作業の止まっていた。
“その回”のブログを今回、改めて更新させて頂きたく、下記となります。
6月23日(火)16時過ぎ、場所は議会棟の控室にて。
「えぇっ?本当ですか!?」「誠に、誠に有り難うございます!」
この度は私、久々に電話口で…
「相手側をビックリさせてしまう」ほどの声を上げてしまいました。
話は2017年に遡ります。
平和記念公園内でガイドをされている個人や団体さんより…
「平和記念公園内で改善して頂きたい箇所が幾つもある」
との打診を受け、現地にて複数回にわたり聞き取り調査を行いました。
「この誘導サインが見えにくい」「この辺りが滑りやすく危険である」
「コチラの木を剪定して欲しい」「掲示写真を差し替えて」「狭い…」等々。
勿論、私も頂戴した「声」(ご要望)を額面通りに受け取っては。
事務的に「全て叶えてあげて下さい」と役所の担当課へ告げるのは違うので。
まずは承った“あらゆる声”(ご要望)を一度、自ら咀嚼、取捨選択した後に。
何十枚もの写真や現況報告を交えた資料を作成。
その後、複数にまたがる担当課の方々に一堂に会して頂き、ミーティングを。
結果、お陰様で数多の要望箇所が迅速に改善されて行きました。
また、上記の現状を多くの人々で共有すべく、同年(2017年)の10月。
決算特別委員会にて、パワーポイントを使用しては、リポートも兼ねた…
現状の確認や再度の質問、改めての改善要望をさせて頂いたのですが。
私が熱を帯びながら訴えた要望の中の1つに。
困難を伴っては、なかなか進捗を見せず、その後も幾度となくお願いを重ねた。
そんな、ハードルの高い案件がありまして。
※平和記念公園の敷地内は通常と違い簡単に工事等が行えないので
それが「原爆供養塔の前にある広場」の整備です。
補足までに、場所は「原爆の子の像」(禎子像)の西側に位置し。
長年にわたりボランティアで清掃活動して下さった佐伯敏子さんでも有名ですが。
現在も供養塔には引き取り手のないご遺骨が納められています。
(身元不明の約7万柱と氏名は判明しながら引き取り手のない約800柱)
そして、ガイドの方々は供養塔を訪れる度、必ず立ち止まり手を合わせられる。
しかし、目の前にある広場は「土のグランド」で、雨天時などは…
訪れる人々の足元がドロドロになる状態が続いていました。
(荒天時には同場所のグランド整備に市職員さんが急行するケースも)
こうした「何とかして欲しい」との切なる声を届け、続けてから、約3年。
話は冒頭へ。市職員さんからの一報に繋がります。
「石橋さん!あの供養塔の前の広場の件です!」
「8月6日には間に合わないかもしれませんが、ようやく整備に着手できます!」
何が嬉しいって、この3年間も実現へ向けて取り組んで下さっていた。
その職員さんの行動、紛れもない事実に。ハイ。
また、嬉しい事は続くモノで、これまた数年前より打診を続けていた…
「通学路の危険個所」も、区役所より“前向きに動いている”一報が入電。
と、ウソ偽りなく申しますけども。
6月24日に「この辺りまで」ブログを書いていた時に、メディアの方より連絡が。
結局は、対応も含めて慌ただしく、事態が展開をはじめ。
上記のブログは更新される事なく、25日には河井氏との件で記者会見に臨み。
(ゆえに当時、アップしようとしていたデータ写真等が前記の通り、そのまま残っていて)
遅まきながら“更新させて頂いた今日”へ至っています。
繰り返しとなれ「職員さんの(継続して下さった)実行力」にスポットを当てたい、その一念で。
この期に及び、何か他意があっての「今回の更新」ではありません。
ご海容下さいまし。
投稿日 : 2020年7月21日
『約1カ月ぶりに』