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石橋りゅうじ 議会棟控室

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汝、テメーの事だけ考えないで

Facebookでも触れたのですが、改めて。

話の発端は、昨年末に遡ります。

我が家から約3キロの所にある、300m弱にも上る“大きな橋”を通過した際。

車道横の歩道上、そのド真ん中に「大きなゴミ袋」が投げ捨てられておりました。

(断定できずとも明らかに「運搬中の落下」とは思えぬ状態)

透明のビニール袋から覗き見えるのは?

幾つものコンビニ弁当ガラや空き缶、ペットボトルに濡れたティッシュ。

また、割れたビンの破片まで袋の中に散乱する、ゴチャ混ぜの汚物コンテンツ。

しかしながら、私も“交通量の非常に多い橋”の上で停車する訳にも行かず。

あんな目立つ場所に、あんな大きなビニール袋が存在する、がゆえ。

そこは「何か手立てが打たれるモノであろう」と割り切っては。

どこか申し訳なくも、その場をスルーして車を直進させ、目的地へ向かいました。

そして、あの日から年を越しては、3週間が経過した先日。

久々に前述の橋を通ったらば…

あのゴミ袋が「全く同じ場所」に放置されたまま! ((((;゚Д゚)))))))

オ〜イ、オイ、オイ、オイ!と。

そこで、帰宅時に迂回しては「その橋」へ立ち寄り。

極彩色の汁、液体がダラダラと流れ出る、重〜いゴミ袋を片手で持ち帰りまして。

手袋しては、マスクして、我が家の庭先で破棄する前に分別作業です…。

ちなみに、補足と致しまして。

「私って、こんな人間なんですよ♪」と、世に喧伝しているにあらず。

要は、今日を迎えるまでに、あれだけ行き来の往来が激しい橋の上、中央部。

どう少なく見積もっても…

「数百、数千の人々の目」には、留まっていたでしょ?って話で。

重ねて「世間を糾弾しての犯人捜し」(見て見ぬフリをした人々)など。

「そんな」意味合いなど毛頭無く、言わば、この大きなゴミ袋との出会いに?

ある種「コレが政治であり、選挙の根幹でもある」と、感じられた次第で。

続けましょう。

通行量の多い1本道を歩んでいたらば、偶然にも大きな障害物が鎮座。

無論、気づいた当人は回避、無事に通過する事も可能です。

が、その後から「その道」(社会と言い換えても可)を通過する人々の中には?

幼子や妊婦さんも居れば、天候にせよ、雨天に積雪、夜間時など。

障害物が、誰かの「支障」を来たす恐れがあれば。

すぐ隣りの車道へ転がったらば?

大事故は避けられない、こうした「可能性」も充分にはらんでいて。

ならば、たとえ自分(世代)は大丈夫であろうとも。

“次に続く”人々の為に、そこへ「当事者意識」も伴わせ、何か手立てを打つ。

コレが政治であり、選挙の「投票行動」でもあり。

「私は自らの才覚で生き抜いて行けるので」

「世の政治が如何に混迷を極めようとも、無問題」

「どうせ何も変わらぬし、政治にも選挙にも、無関心」

それはそれで、ご当人は良いのかもしれませんけども。

現世とは「先達」のご尽力、ご労苦の上に成り立っておりまして。

社会に身を置く人々は、平和、安全、安心、利便性、等々。

120%“そこの”便益を享受しているモノ。

誰か一人の納税額で、警察や消防が運営されているにあらず。

車を走らせれば、通過する道路に信号機、一つを取っても同様。

つまりは「後の世代への環境整備」その責任も…

現世に生かされている私共の双肩に掛かっているので。

「私は、私でイイんですよ」「放っといて」「無関与」では、済まされない。

そんな口上を述べる私なども、まだまだ未熟の一語に尽きますが。

今後も、能動的に社会へコミットして行く所存であり。

新年早々、ゴミ袋に教えられ。

万物が我が師でもあって、汚物を内包した、透明なビニールの行方は?

キチンとゴミ出しの指定日に、分別の経緯を経て、ご供養しておきます。

南無。 m(_ _)m

投稿日 : 2017年1月18日
汝、テメーの事だけ考えないで