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石橋りゅうじ 議会棟控室

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根を張る

昨晩は、広島市や廿日市市、大竹市にも大雨警報が発令され。

重ねて、安佐南区や安佐北区、佐伯区に西区等の一部でも。

避難勧告が出されては、不安な夜を過ごされた方々もいらっしゃるかと。

そこで、局所的な豪雨が町へ降り注がれた際は、いつもの事ながら。

コレは「議員」云々でなし、一人の「市民」として、私も可能な限り…

その前後にパトロール(見回り)を行なっていたりします。

※同士の協力も得ながら

今朝も7時台には複数個所の「山の頂上」付近まで自転車を走らせ。

各所を確認しながら、住民や現場(砂防ダム建設)の作業員にヒアリング。

少なくとも、私が確認できた区内に於いての知り得る範囲では?

お蔭様で、大事には至りませんでしたけども。

決して不安を煽るでなく、こうした無事は「たまたま」の連続です。

「たまたま活発な雨雲が早めに東へ逸れてくれた」。

「たまたま降り注がれた大雨が脆弱な地盤(山々)を襲わなかった」。

「たまたま大潮の満潮時と豪雨が重ならなかった」等々。

しかし考えてみれば、日常とは「たまたま」であったり「偶然」の連続であり。

例えば、つい先日も私が家の近所を歩いていた際に、私の横を…

もの凄い勢いで、小学生の男児がダッシュで駆け抜けて行き…

直角に脇目も振らず、右コーナーを曲がって行きました。

瞬時、私は「危ない!」と、ドキっとしたのですが、たまたま。

曲がった先から車や自転車が来ていなかったので、事なきを得ながら。

もしも、点と点のタイミングで車が来ていたらば…。

英語で申すところの「coincidence」ってヤツですけども。

繰り返しとなれ、日々の生活の中では、この様な「たまたま」により。

救われた、怪我をした等、運に不運、幸に不幸が左右したりもで。

何を言わんや?

「偶然」であろうと、なかろうと。私共は、そんな「たまたま」に…

限りなく左右されない環境を形成して行かなければならず。

ではでは。

あまりにも長い前フリを展開して参りましたが、本題へ。

手入れされない山々(森林)が、降雨に弱いのは、誰もがご承知の通り。

改めて、そのメカニズムについて端的に触れるとすれば。

「ある一定の面積内」における、木々の「胴回りの総和」は一緒となる。

つまりは、ウエスト1mの木が「一定の面積内」に3本あって。

そのウエスト(胴回り)3本分の合計は、当然「3m」になりますけども。

ココへ、もしも「木が10本」生えていたとすれば、そのウエスト合計は?

実のところ「3m」に変わりなく、結局は1本のウエストが「30cm」になるだけ。

それは「限られたスペースの栄養分を多くの木々で互いに奪い合う」からで。

その痩せ細った木々は、根も細く、大地を掴む力も弱い。

故に、一定の風雨にさらされれば、倒木&表層崩壊を加速化させると。

だからこそ、平素より「間伐」(間引いて密集を防ぐ)を行い。

木々の根にシッカリと大地を掴ませては、また木々の間より太陽光を入れ。

“下草”の旺盛に茂る「床」(地表)を築かなければならない。

話せば、あと2時間は続いてしまうので、急速に結びへと向かいますが。

自然の猛威から人々の生命や生活を守るべく。

「たまたま」の連続での無事に安穏としていては、なりませぬ。

今一度、「たまたま」に、限りなく左右されない…

堅牢なる“環境”を形成して行かなければ、なりませぬ。

大事なるは、平素からの「お手入れ」です。

投稿日 : 2017年4月18日
根を張る