4月19日、土曜日の午後。
誰も居ない、議会棟の控室に一人。
夕方から市内中心部にて総会へ出席するので…
それまでの空いた時間を利用しては、パソコンへ向かいての資料作り。
ちなみに。
通常、議会棟は「土日」閉館しておりまして。
週末とて、数人の議員が各会派の控室へ出入りする事はあれ。
基本的には、誰もいらっしゃいません。
※警備員さんはいらっしゃいます♪
こうした背景がありながら、過去の3年間に於いて。
おそらく、いや間違いなく、全議員の中で。
「週末の議会棟へ最多出場」は、私ではないかと。
かれこれトータルで、何十回は来ています。
無論、週末も議会棟の控室へ足を運ぶ議員が…
誰より働いている訳でも偉い訳でもなく。
しかし、移動や待ち合わせの空いた時間に「何か出来る事がある」と。
良いのか悪いのか、常に焦燥感に駆られているので。
つい、現場の合間を見計らっては、議会棟へ足を運んでしまいます。
余談ですが、ココ(議会棟)へは?
週末も定期的に業者さんが施設点検にいらっしゃるのですが。
訪れる度、私が仕事をしているので…
「また今日も働かれているのですね!?」と驚かれていたり(笑)
そんな手前味噌な話は置き、控え室内にズラリと並んだ、先輩方の机。
「環境」とは有り難いモノで、議員にさせて頂き、丁度3年を迎え。
現場で経験を積まれて来た諸先輩議員からは。
今日までも本当に沢山の事を教えて頂き、常に学ばせて頂いております。
「議会」たるや、伏魔殿であったり魑魅魍魎の世界と。
けっこう「負の面」の先入観を持っていらっしゃる方々も多いのでは?
しかしながら。
人間的に「この人は性悪だな」との議員は皆無♪
そんな中にあり、私などは血気盛んな面が、まだまだ残っておりまして。
過去にも、ベテラン先輩議員の方々へ対し、幾度も…
「何だとコラ?!」と平気で食って掛かるので。
(時に♪)多大なご迷惑をお掛けしていたり。
そんな私を、「若い頃から小さくまとまるな」と。
包容力で許容して下さっているのも、また諸先輩でいらっしゃる。
心底、感謝しております。
重ねて、「より良い街へ絶対に変えてやる!」と。
後先も考えず、情熱だけでアクションを起こした不肖なる私を。
この街づくりの中枢へ送り込んで下さった方々へも。
改めて、心底、感謝している次第。
こうした環境に身を置かせて頂きながら…
三味線を弾けばウソになる。
※三味線を弾く:相手の調子に合わせて適当な行動をとる意
引き続き、真っ直ぐ取り組んで参る所存です。
投稿日 : 2014年4月19日
『 間拍子』
地元地域から「カーブミラーを取り付けてくれ」との要望があれば。
また、一方では。
先だって起工式が執り行われた広島駅前のCブロック再開発事業の様に。
「広島の玄関口」として、市域全体に影響を及ぼす大きな事業等。
議員へは多岐に亘る「取り組み」が関連して参ります。
私も、たとえ半日の間でも…
徒歩に自転車、自動車と、あらゆる移動手段を駆使しては。
西へ東へと足を延ばし、対話を重ねては、提起する毎日。
並行して、現場で学び、事務所や自宅でも資料を紐解いては学ぶ日々で。
昨晩など、25時40分からのアジア・チャンピオンズリーグをTV観戦後。
財政の資料に目をやって、夢中で勉強していたらば、時刻は朝の5時半を迎え。
「おお!窓の外が既に明るいではないか!?」と仮眠。
7時に起床しては、また事前レクに備え、自転車で登庁。
限られた貴重なる「議席」を頂戴しているのですから…
「見合う働きを」と、有限な時間を有用すべく努めている次第。
そこで、冒頭の話へ触れれば。
駅周辺のBブロックにCブロック、マツダ・スタジアム周辺に広大跡地と。
向こう数年間に掛けて、まるで「雨後の竹の子」の如く…
本市では“50階建級”のビルが幾つも誕生する運びであり。
床を造り、床を売るにあたっての採算で、必然的に上へ、高く、数を、の勝負。
開発が進み、利便性の向上に、固定資産税の増収等。
私とて「街の前進」を否定するつもりなど毛頭なく。
ただし、国からの補助があるとは言え「市から多額の持ち出し」がある訳で。
至極当然の事を申せば、「何百億も注げばビルは建つ」。
「ビルが建ったぞ♪踊れや歌え♪」と浮かれている場合ではありません。
確かに、簡単に「着工」までを迎えた話でなく。
そこへは、関係者の多大なる尽力があったからこそ。
しかし、求められるは、その投資へ対して、相応に…
否、それ以上に見合う街の利益(効果・便益)が、どれくらい得られるのか?否か?
事前に事後の「費用便益分析」とでも申しましょうか。
繰り返しますが、ウン百億を注ぎ、「行き詰まった街が前進した」と喜ぶでなく。
「投資へ見合うに留まらず、それ以上の効果を街へもたらすか?否か?」
改めて、直近の市内「開発」事例でも。
ざっと「1,000戸」以上の床を新たに供給するにあたり、そこを埋めるは?
大部分が「市民・県民」でしょう。
明白な現実として、生まれる効果の大よそは地域内での「代替」で。
展開されるは「ゼロサム・ゲーム」。
お金を吸い上げ、経験を積むは他都市の大企業ですし。
重ねて、開発を行いながら、どこにでも散見される街並みが…
この広島へ、敢えて「新たに」造られ、都市のカラーは平面化が進む。
「広島らしさ(風情)」濃度は、ますます中和され。
他方から新たな人や投資を呼び込む仕掛けには、あまりにも脆弱。
費やしている時間に労力、公金を「成果」へ換算すれば?
創造性を含め、本来なら、もっと突き詰められるモノを。
そこかしこへ溢れ、漂う「弛緩する空気」に…
私などは、相も変わらず危機感を覚えながら。
何にも咲かない冬の日は、高層ビルとは逆行し。
下へ、下へと根を伸ばす。
あらゆる面で、自らは。
まだまだバージョンアップを図らなければなりません。
精進&精進なり。
投稿日 : 2014年4月17日
『 このままだから、このままの街』
パタリと。
意義深き広島での会合、その余韻すら早急に消え去った感はあれ。
改めて。
日本で初開催となりました、NPDI(軍縮・不拡散イニシアチブ)が幕を閉じました。
核兵器保有国をはじめとし、各国の首脳に被爆地への訪問を呼びかける…
「広島宣言」が採択はされましたけども。
各方面からは、落胆の声が漏れ聞こえて参ります。
たとえば、被団協の事務局長は…
「率直に申して、ちょっとガッカリしたと言う感じ」
「広島宣言についても『核廃絶を目指す』との文言は表記されているが」
「それを『早急に無くさないといけない』と言う気持ちは全く表れていない」
「原爆の地(広島)をキチンと見て、歩いては被爆者の声を聞いて」
「それを基に議論されると言う事で…」
「核廃絶への道筋が『より強固なモノになるのではないか』と期待していた」
「しかし、今回は期待が全く外れている」
「だから、今回の宣言だけだったら、何も広島でなくても構わないし」
「全然『前進させるモノになっていないのではないか?』と言う気がする」と。
また、ある関係者からは…
「会合を成功させたい意欲は確かに感じられた」
「しかし、敢えて申すならば『核兵器禁止条約』に全く触れていない」
「この辺りが言及できなかった事については非常に残念だと思われる」と。
確かに、核兵器の非合法化や、具体的な禁止・廃絶への道筋は?
依然、不透明なるまま。
かねてから懸念されている通り、アメリカの「核の傘」の下。
「日本国」のスタンスは、理想と現実の狭間で揺れる…
ある種の板挟み状態。
しかし、安全保障の荷を背負う国家とは別に、「広島だからこそ」。
先頭に立ち、率先して発信しては、明確に訴えて行ける事がある。
一石を投じては、水面に波紋を起こせ得る。
何も国や他国との関係性…
その一切合財を「勘定に入れるな」とは申しませぬが。
人類の築いた悪しき高く分厚い壁(核兵器)を打ち破る(廃絶する)ならば?
予定調和の平和が唱えられる世にあって。
この被爆地「広島」が、自国へ対しても問題提起すらせず。
翻り、良き理解者になっては、バランスを尊重してどうするモノぞ。
今回とて、被爆者の方々に…
「この度は、核兵器の使用禁止」
「その必要性まで『踏み込まなかった』のは納得できない」
と、言わせてはならないだろうに。
「大人には大人の事情と踏まねばならぬ段階がある」
との反論があるなれば。
核兵器の使用で亡くなられた方々の墓前にて、同じ事を言えるのか?
こと核兵器に関しては、時に熱く直接的に真っ芯を訴えても良いじゃない。
世界で唯一、それが(長崎と共に)許される都市なのですから。
小利口になるなかれ広島市。
と、粗削りで直情径行の私ごときは痛切するのです。
投稿日 : 2014年4月15日
『 ontology』
昨晩、ニュースを見ていると、隣にいた娘が唐突に一言…
「なぜ暗いニュースばかりが多いの?」と呟きました。
こうしたフリに“即座”返すのが喋り手ながら。
正直、直ぐに返答する言葉も見つからなかったりで。
子供心に抱く、率直な「なぜ暗いニュースばかり?」のフレーズが。
リフレインして頭の中を駆け巡っております。
そういった意味では、今朝の朝刊から飛び込んで来る見出したるや?
「カープとサンフレのW首位」とありまして♪
その編集手法(構成)をはじめとし、世の中の断片でアレ。
こうした各々が取り組む「明るい雰囲気づくり」って、本当に大事で。
それは、為政者(政治家)も同様。
時と場所と場合により、常時「笑顔を振り撒くべし」とは申しませぬが。
つい先日、ある入学式に出席された市民の方が、思わず吐露されておりました。
参列された、年の頃60歳くらいの為政者へ対し…
「あんなにも暗い表情とトーンでの祝辞は無い…」と。
反面教師として。
私なども思わず「ハッ!」として「グゥ!」と来てしまいましたので。
今一度、「学問のすすめ」第十四編(原文)を、めくると致します。
「顔色容貌を快くして、一見、直ちに人に厭(いと)はるることなきを要す」
「顔色容貌の活発愉快なるは、人の徳義の一箇条にして」
「人間交際においても最も大切なるものなり」
「人の顔色は、なほ家の門戸のごとし」
「広く人に交はりて客来を自由にせんには」
「まづ門戸を開きて入口を酒掃(さいそう)し」
「とにかく寄りつきよくするこそ緊要(きんよう)なれ」
「しかるに今、人に交はらんとして」
「顔色を和(わ)するに意を用ひざるのみならず、かへって偽君子を学んで」
「ことさらに渋き風(ふう)を示すは、戸の入口に骸骨をぶら下げて」
「門の前に棺桶を安置するがごとし」
では、続いて「訳文」を。
表情や見た目を快くして。
一見ただちに人に嫌な感じを与えない様にする事が重要である。
表情や見た目が快活で愉快なのは、人間にとって徳の一つであり。
人づき合いの上で、最も大切な事である。
人の表情は家で言えば玄関の様なものだ。
他人と広く交際して、来客を自由に迎え入れるには。
まず玄関を開いて入口を清掃して。
とにかく入り易い様にする事が重要である。
なのに、今、人とつき合おうとして表情を和らげる事に気を遣わず。
それどころかニセ君子の真似をして、殊更に渋い顔をするのは。
戸の入口にガイ骨をぶら下げ。
門前に棺桶(かんおけ)を置いている様なものだ。
と、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」でもお馴染み…
福沢の諭吉さんは説かれていたり。
改めて、サンキューベリーマッチ!ゆきっつぁん!
私ごときも、世に明かりを灯すチャッカマンとして。
与えて頂いた尊い贈り物となる“生来の明朗快活”な性格を活かし。
一歩一歩ではありますが、明るく温かい世へ向けて。
ニコッとハツラツ、継続して取り組んで参る所存です。
投稿日 : 2014年4月13日
『 社会の灯火』
心地良い日差しの射し込む、春爛漫の一日。
午前中に地域の入学式が終わり、自転車にて議会棟へ。
途中、必ずや旧市民球場跡地を横切るのですが。
現在、塀で囲まれながら、日中は解放されている同跡地を覗けば?
お昼時にオジサマが一人、ゆっくりと散歩されておりました。
「歴史ある一等地を何とも贅沢な土地活用だこと…」。
思わず、皮肉の1つも口からこぼれます。
顧みれば、先々週の末に、旧市民球場跡地で開催されたるは…
「春のまるごとグルメフェスタ」。
桜も満開の時を迎え、曇りがちな天候であれ。
各方面の行楽地が軒並み賑わう最中。
“街の中心地”で催された同イベント会場は。
お世辞にも「盛況」とは呼べない状態でした。
3月の上旬に行われた中古車フェア然り。
やや遡れば、県のピース関連イベント然り。
私など、一貫して訴えさせて頂いておりますけども。
「好立地」だからと言い、簡単にイベントが成功するモノではなく。
また、単発イベントは?
「一時的な賑わいや利益」を追求した後。
ステークホルダー(利害関係者)を除く、市民や都市、そして後世へ…
一体、何をもたらしてくれるのか。
しかも、真夏の炎天下、小雪舞う寒空の下、梅雨時期に夜間。
多様なる条件下、たとえ都心部ですら人々は。
簡単に集ってくれるモノではありません。
平和公園に隣接された一等地にて、刹那に繰り返される催しへ対し。
誰も過度な期待を抱き、過剰な重責を負わすつもりはないながら。
うむ。
折角なので、他人(ひと)の話を無思考に妄信するのは違えど。
先ずは賛否を含めた「議論の素材」として。
民間でご活躍されている識者お二人の対談をココに抜粋するとします。
(ちなみに政府からも「アドバイザー」として招聘される人物談)
A:「今、日本ではチープな地域振興が持て囃されています」
「B級グルメ、単発イベント、そして、ゆるキャラ」。
B:「ダメな地域って、その三つを必ずやってますよね」
「その地域の既存の資源をシッカリ活用して育てましょう」
「と言う話にならずに、新しい何かに飛びつきたがる」
「私は、町は育てるモノ、『町づくり』ではなく」
「『町育て』であるべきと主張しているのですが…」
A:「イベントを実施して、取り敢えず延命できればOKと考えている」
B:「ほとんどの単発イベントは地域をダメにします」
「外から賑わっている様に見えたとしても」
「本当に地域が良くなっているとは限らない」
「主催者側は、あくまでイベントの開催そのものが目的であって」
「地域が、その後、どうなるかを全くフォローしないからです」
「しかも、終わった瞬間にお客さんが激減してしまうので」
「持続的な効果は、ほとんどもたらさない」
「結局、真面目にやっている人ほど疲弊します」
以上となりますけども、私とて。
何かの起爆剤として、前述の要素を用いて活性化を図る人々を…
間違っても中傷するつもりなどなく。
それは、地域が試行錯誤しては「前に進まん」と努めているが故。
ながら、大事なるは「スタート地点」の…
For What? 何の為に?
そして、50年、100年の計に立ち。
What shoud we do? 我々は何がしたいのか?
単刀直入に申したらば?
都市が「掲げる目標が低い」からこそ、こうした事になる。
目標が高く、そこへ「本気度」が伴えば?
所願成就へ向け、現在の様に空き地が何年も続く事など絶対に無い。
やれやれ。
未来志向で前向きに語りたいのは山々なれ。
つい愚痴っぽくなってしまいます。ハイ。
投稿日 : 2014年4月09日
『 ロスト・シティ』