本日11時からの幹事長会議では。
市議会が推し進める「食品ロスに関する条例について」が話し合われ。
(食品ロスを削減し、こうした取組の推進を掲げる条例案の協議)
同条例の“輪郭”が徐々に浮かび上がって参りました。
ディテールの部分は今後、詰められて行く事になりますけども。
市民の方々を含め、こうした条例“自体”に対しては?
必ずや賛否の両論が存在し得るもので。
また、総論は賛成だが、各論は反対。
こうしたご意見が飛び交う可能性も当然、十分に孕んでいます。
いずれにせよ、それこそ“専制主義国家”の如く。
(一部の支配層が多数の被支配層の意を酌まず物事を決めて行く国)
とんとん拍子に気付けば「決定」(制定)なんて事はございません。
他方、「食品」(食料)関係で申しますと本日、ネット記事にて。
かの養老孟司さんが、とかく「低い」と問題にされる…
“日本の食料自給率”について語っていらっしゃいました。
「日本の食料自給率は4割程度などと言われるが」
「これはカロリーベースの計算で、穀物主体の数字となり」
「ここには家畜の飼料も含まれている」
「最近、飼料を除いた数字が発表され」
「そちらはもう少し自給率が上がっているようですが」
「この数字とは別に、生産額ベースで見る事もある」
「その場合、自給率は7割以上となっていますが」
「それは国産品のほうが値段が高いからです」
「単純に数字で実態を知ろうとしても」
「色んなトリックが入っているから、なかなか難しい」と。
ここで、唐突に私から一つ挟みますれば。
いわゆる「ルビンの壺」ではありませんけども。
目に映り込んで来る、あらゆる情報にせよ。
人は「見たいと思ったもの」を見て、知覚をする。
先入観を取り除き、良し悪し事象を澄んだ眼(まなこ)で見つめ…
見極めるは、容易ではございません。ハイ。
話は戻り。
しかし、今回。
養老氏は「物事の本質を見抜くのは難しいね」と仰っているのではなく。
「食料自給率の問題は大切だ」と言うのは、誰もが共有するところ。
それを把握する際に、何を「物差し」として測れば良いのか?
日本の場合、そこへ合意が無く、基準が明確でないので…。
誰が、その「物差し」決めるのか?どう決めるのか?
コロナ対応でも全く“同じ問題が生まれている”と。
うぅむ。混沌。
兎にも角にも、私とて。
たとえ僅かなれ、せめて手の届く範囲をカラフルに彩られないか。
目下、奮闘中なり。
一筆ずつとはなりますけども、引き続き。
塗り塗り。塗り塗りと。
投稿日 : 2022年8月26日
『colorless?』