10日の投開票日が終わっても、連日、朝から晩まで走り回っております。
未だ周辺環境が落ち着いていないので足を運べていない各所もあり、申し訳ない限りです。
何卒、ご容赦下さい。
遠方へも出向いており、数週間ぶりに?車に乗車しました。
さすれば、「フラッシュバック」と申しますか…
この度も、選挙期間中、私が自転車で走っていると、本当に、本当に沢山の方々から手を振って頂き。
また、車の窓を開けてまでして「頑張れよ!」と無数の激励の言葉を頂戴しました。
どれだけ“心の支え”になり、エネルギーを頂いた事か。
そこへ並行して。
各方面で“能動的”に「石橋を応援してやってくれ!」と要請して下さった方々が沢山、沢山いらっしゃいます。
久々に車のハンドルを握った際、正に「久々に腰を下ろした」感覚に包まれては、そんな情景が思い出され。
もう涙が止まりませんでした。
「感謝」です。
これ以外の言葉は見つかりません。
心から「感謝」です。
全ての方々にお会いしては、深々と頭を下げてお礼を述べたい気持ちでいっぱいですが。
当然ながら、行き交った方々が、どなた様で、どちらへお住まいなのか把握する事は出来ません。
唯一、「感謝の気持ち」を伝える手法は。
私が、明るく元気で温かい街をつくるべく、全力で取り組む姿を発信し続ければ、また結果を残すこと。
当然ながら、いつまでも感慨に浸っている時間など無いわけで。
明るく元気で温かく、そして希望の溢れる街をつくるべく。
既に、私は様々な取り組みを始めております!
無論、「私を応援して下さった」 「他候補を応援された」「誰も応援されなかった」の境など存在する訳もなく。
引き続き、まずは私が明るく元気に、おごる事なく活動する所存。
昔から唱えていた通り。
みんなで一緒に!
投稿日 : 2011年4月13日
『 あらゆる人々』
まず、私のパソコン、携帯、ツイッター、Facebook等々へ、それは沢山のメールを頂戴しております。
当然ながら、全てに目を通させて頂いておりますが、今一度、お伝えさせて頂くならば。
「選挙の期日後に当選又は落選に関し、挨拶する目的で幾つかの行為をしてはならない」等々ありまして。
そこまでナーバスにならないまでも、ここまでフェア・プレーに徹して参りましたので!
誠に申し訳ないながら、現在、皆様への「返信」を控えさせて頂いている次第。
何卒、ご理解、ご容赦頂ければ幸いです。
そこで♪
本日、皆様のお蔭を持ちまして、当選証書を区役所で受け取る事が出来ました。
改めて、襟を正す思いでいっぱいであります。
ここまで、一般の方々と申しますよりは、無数の選挙関係者の方々から「当選の理由」について幾度もお伺いを受けるのですが…
理由は、私ごときが偉そうに語るでなく、ただ1つです。
「誰よりも人と会っては対話した」。
これに尽きます。
市議会議員選挙と言うのは、どの選挙よりも「土着性」(地域への密着性)が高く、多少なりとも地元でテレビに出演していたからと言い。
間違っても当選するものではありません。
これは、あらゆる選挙を幾度となく戦われた現職、また選挙チーム“ウン十人”の方々からも、その「経験」から同様の旨を口にされていた。
当初、私が「立候補したい」と沢山の方々へ相談させて頂いた際も。
私の事を、よく知って下さりながらも「何とかなるのでは?」と答えた、正に「その道のプロ」は?
多く見積もっても、100人中で「10人」もいらっしゃいませんでした。
皆様が、実際の経験談、目撃談を基に、異口同音「絶対に甘くないぞ!」と口にされる。
裏を返せば、「いきなりは無理だろう」と諭して下さる方々が全体の「80%以上を占めていた」と言っても過言ではありません。
※何より「市議選」ですので
私とて、過去数年間にわたって勉強もしては、現場の方々と会合を重ねて来たので「このままでは難しい」と痛切に感じていた。
ゆえに、何に取り組んだか?
とにかく、「歩いた」。
1日に平均して5、6時間も徹底して街中を歩いては、日に何十人、何百人の方々へ対し自らの思いを告げながら。
市民の皆様、地域が抱える問題等々を、これまた徹底リサーチして回りました。
ですから、時に「選挙は告示前に既に勝負が決まっている」等と言われたりもしますが、その通りであり。
選挙戦の10日間弱、自らの名前を連呼したからと言って勝てるモノではありません。
常「日頃」が大事。
なので、私は選挙戦が始まる前から近しい人々へは漏らしていました。
今日を迎えるまで、この広島に限らず全国各地で行なわれる統一地方選挙の立候補者において。
「私ほど街中を歩いては、多くの市民の方々と対話を持った候補者は他にいない」と。
他の候補者を蔑む(さげすむ)相対的な意味でなく、自らへ対しての絶対的な自信からであります。
それだけ、異常なまでに長時間、長距離にわたり街中を歩き続けましたので。
ですから、選挙カーにも一切のスピーカーを付ける事はなく。
これは、わずかな「己の知名度」におごる事なく、沢山の方々へ「自らをご理解頂いた」過信でなく、自信と確信があったから。
この2ヶ月間でも、何百キロと歩いては、何千、何万人にも及ぶであろう選挙区内の方々と対話を重ねて来た自負があったから。
参考までに、添付した図は、アストラムラインの路線図であり、安佐南区の“背骨”とも言えますが。
この区内に位置する「祇園新橋北駅」から終点の「広域公園前駅」を結ぶ、約13.5キロにも及ぶ距離。
ここを、私は一度も選挙カーに乗車する事なく、常に自転車で選挙活動を行ないましたけども。
選挙戦の9日間で、軽く20、30往復はしていると思われます。(路線外、北から南の地区へも全て出向きました)
そして、なぜ「自転車」なのか?
あてつけで「若さ」をアピールしているのではなく、ただ単に、小回りが利いては直ぐに駐車ができ、人々と対話が持てるから。
選挙期間中も、数人のグループを見かければ、必ず、そこへ立ち寄っては駐車して対話。
時に、公園の子供達に誘われて、一緒にサッカーまでした事もあった。
ふざけているのではなく、選挙を甘く見ているのではない。
大事なのは、皆様のもとへ自らが出向いては立ち止まり、笑顔を交わしては「交流」を図ること。
結果的に当選したから言うでなく。
私ごときが、なぜに安佐南区でトップで当選できたのか?
それは、他の誰よりも多く、地元の方々と選挙前に後もコミュニケーションを図ったからに他なりません。
※当然、素晴らしい仲間、選挙チームにも恵まれました!
有権者の方々を対話で楽しませ、笑わせ、市の現状を説いては感心させた“その回数”など、多分、私がダントツ。
だから、組織もなければ決起集会に出陣式すら行なっていない私が、全てとも言える「皆様のお蔭を持ちまして」当選できた。
まだまだ、発展途上なる身。
しかしながら、「新人だから」で許される猶予はありません。
言うまでもなく、今後も前述の「対話スタンス」は貫き通し、真摯に全力で取り組んで参る所存です!
自分、不器用ですから♪
投稿日 : 2011年4月12日
『 『ご回答』』
2011年の熱い熱い広島市議会選挙が閉幕。
沢山の方々からご指示を頂戴する事ができ、お蔭様で「初当選」を果たす事が出来ました。
しかしながら、不特定多数の方々へ対して「お礼の文章」を書き綴っては発信する事を公職選挙法では規制されています。
ゆえに、今、ここでは差し控えさせて頂くことを、何卒、ご了承下さい。
兎にも角にも、初めて挑んだ選挙戦。
終始“自らのスタイル”を貫き通したのですが、この辺りは、追って十二分にご報告させて頂くとして。
改めて、「我思ふ」のは。
沢山の方々から“希望”を含め「付託」を得た事実。
そして。
私ごときが偉そうに語るでなく、この度、当選云々ではなく、エントリーされた全ての候補者、陣営の方々。
また、その各々の候補を支持された方々がいらっしゃる。
そこで、「自らもエントリー」させて頂き、痛感させられたのは?
いずれの候補者の方々(陣営の沢山のスタッフの方々も含め)も…
「街を良くしよう!」「市民の皆様の生活向上を!」と立候補された方々ばかり。
伊達や酔狂で立ち上がられた訳ではありません。
「決心」されている。
つまり、自らで申すのも僭越ながら、過酷で大変な選挙戦を「なぜ続けられるのか?」と言えば。
そのモチベーションとなるエネルギーの源は?
「街の未来、市民の生活の為に!」
ココしかありません!
自らの損得でなく、「他人(ひと)様の為に尽くす」からこそ乗り越えられる。
返す返すも分かった風な文章で申し訳ないながら、でも事実です。
それだけ、各陣営の皆様が“一生懸命”取り組まれている姿を無数に目の当たりにして参りました。
今一度、私への付託のみならず。
そんな方々の尽力や、全ての熱き思いに報いる為にも、不肖なる私は真摯に。
そして全力で、この今からも取り組んで参ります!
投稿日 : 2011年4月11日
『 4月11日 』