まず祈りから

本日、あの原爆が投下されてから、70年を迎え。

私も、朝から平和記念式典へ出席させて頂きました。

こうした平和関連の催しや個々の発信、また報道では?

「原爆(並びに戦争)で犠牲となった多くの御霊(みたま)へ対して」

「謹んで(心より)哀悼の誠を捧げます」との、感情の表現(文言)に。

高頻度で遭遇します。

勿論、私も上記と同様、真率なる哀悼の意を表し、捧げるもので。

そこへ乗じて、分かった風な事は申せませんが、やはり。

亡くなられた方々が、最も悲しまれる事は?

「確かに起こった事実」が、風化しては。

かつ、「確かに存在した自ら」が、後世に忘れ去られてしまう事。

ではないかと。

ゆえ、「先ずは『そこ』から」と、一例を挙げれば。

20数年前に社会へ出てからも。

「平和記念資料館へ定期的に足を運ぶ」などは、継続させて頂き。

(そんな当然を、間違っても誇っているのではありません)

また、先達の「継承・伝承」との意味では、かつてから望んでいた事がありまして。

それが、「自らの娘(小学生)に、自ら学んで貰いたい」との思い。

言い訳ながら、今日まで、なかなかスケジュールが合わなかったのですが。

「今年は何としても!」との念願が、今年は叶い。

親子で「とうろう流し」へ行って参りました。

あの場所へ出向き、多くの外国人とも擦れ違いながら。

また、各所で報道クルーを目にしては、何より沢山の人々と共に。

とうろうへ「平和への想い」を書き綴り、ロウソクを灯し、水面へ浮かべる。

娘が何を感じ取ってくれたか?定かでありませんけども。

帰りの車内、その後部座席の娘から、無言ながら…

心の新たな箇所を「かなり刺激された」感は、伝わって参りまして。

ううむ。感慨も、ひとしお。

親バカとなれ、継続されるべく、定点観測しなければなりません。

さて。

話は本論へ戻り、あの戦争で、他の戦争で、あの原爆で…

尊い命を奪われた方々を、単に「忘れない」だけに留まらず。

末尾に、過去に発せられた、ある国会議員の言葉を一つ。

「世界恒久平和の確立こそ過去の戦争犠牲者に対する」

「唯一最大の“償い”であるのであります」。

それは。

今年で平均年齢「80歳」を越えた、被爆者の方々へ対するモノでもあって。

私共の使命でも。

投稿日 : 2015年8月06日

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