広島市安佐南区から市政を新たに! みんなでいっしょに変えて行きましょう!
石橋竜史(いしばし りゅうじ)の公式Webサイトです。
この度、2016年に日本で開催される「主要国首脳会議」の開催地が。
国内で8都市が名乗りを上げる中、「三重県の伊勢市」に決定いたしました。
その名の通り、同サミットには「主要国の首脳」が一堂に会するのですから。
各国の為政者へ向けて、「広島を訪れ下さい!」
と、かねがね訴えて来た広島市は、早々と候補地への立候補を表明。
「広島市でのサミット開催」を望んでいたのですが、ちなみに私などは。
あくまで「この度は」ながら、「絶対に広島市はナイ」と、分かり易く。
一抹の淡い期待すら抱いておりませんでした。
無論、「広島市に決まらず良かった」なんて、天邪鬼でなし。
もしも決定したらば、そこには必ずや「余波」が派生して。
行政としても市民としても、新たな発見や諸課題の再確認。
対外的な在り方に、今後への取り組み等々、何らかのケミストリーが起きて。
「広島市としての経験値」が向上した事は間違いなく。
しかし、一連の、そして昨今の国の姿勢や、例えば日米の関係性を冷静に鑑みても。
「今は」絶対に広島に決定しないであろう事は、想像に難くなく。
そこで、話を飛躍させてみれば、一例として「沖縄・辺野古への基地」問題。
翁長知事は、時の国や首相から煙たがられようが、波紋を呼ぼうが。
自らで、ワシントンにまで渡り、それが満場一致でなくとも…
一定数を占める「沖縄の声」を届けんと奔走されている。
前記の通り、現在の対米関係や東アジアを含めた揺れる国際情勢を加味しても。
先ずは知事自身が、「事態が“急速に”改善(解決)される」確信など?
微塵も持ち合わせていらっしゃらない事でしょう。
でも、「分かっていながらも国では“提起”出来ない事」を。
いわゆる、物わかりの良い大人達(国際社会)の中で。
良きにつけ悪しきにつけ、「まずは声を上げる」は?
ある意味で、「ご当地」にしか不可であり。
国レベルでは、アメリカへ対して…
「国内でも局所では色々と言う者はありますが…」
「ここは継続して、二国間の連携で穏便に」
と、目をつぶり、抗いもせぬ所へ、その背後に隠れては、右手だけをかざし。
体裁を繕い、遠回しに声を上げている、にあらず、敢えて前面に出ては。
「そこ(沖縄)だからこそ言え、そこだからこそ出来る事」を。
賛否はあれ、実際に「行動」へ移されている。
翻り、広島市の場合、「核兵器の廃絶」へ向けての取り組みにしても?
明らかに、色んな意味で「国の背後から」でしか声を上げていない。
時と機会を重ねようとも、届かないでしょう。そんな声は。
相手方(核保有国)からしてみれば、迫って来るモノがない。
しかも、再び「ココ」へ結び付けて恐縮ですが。
なぜ?各国の為政者に、被爆地である「広島」へ足を運んで頂きたいのか。
そこは、「被爆の実相を現場で肌身に沁みて知って頂きたい」との熱望がある。
ならば。
アソコへ渓流(完成)された「かき船」に、各国の要人を招き入れ。
「実は、この川には、こんな歴史があり、こんな実相を帯びているのです」
と、話を持ち出せば、誰もが料理に手を付けず、箸とグラスを置かれる事でしょう。
移転先の「死水域」にせよ。
「空いている場所」は2カ所でしたが、他にも多数の河川内には存在する。
しかも、ある程度の費用はかさみますが、他に、新たに造れない事はない。
ならば、そこへの検討に。
他に幾つも存在する死水域を利用されている関係者にも、熱を帯びた折衝を重ね。
また、倉敷の様に、時代の変遷と共に、陸に上がった「かき船」もあり。
ココまで万策を天命に誓って尽くし、「断腸の思いで折衷案としての今」ではない。
本気度の伴わぬ、チグハグな街。
「こじつけ」と捉えられようが…
「それは平素の行いで、サミットなんて来ないでしょうに」と。
思わず、憎まれ口の一つも叩きたくなってしまいます。
投稿日 : 2015年6月07日