広島市安佐南区から市政を新たに! みんなでいっしょに変えて行きましょう!
石橋竜史(いしばし りゅうじ)の公式Webサイトです。
唐突ながら、改めて自らの話をさせて頂きます。
あれは、前回選挙の「約半年前から数ヶ月間に亘る」話。
特定の業界(政界)とは、かくも狭く。
「石橋りゅうじ」という男が市議選に立候補するかもしれない?!
とのウワサが業界内にて駆け回った模様で、その後…
私のところへは、僭越ながら幾つものオファーを頂戴しました。
「我が地域の地盤を引き継いで立候補してくれ!」
との申し出が、区をまたいで複数の箇所から。
また、政党からの「公認」等々の話も、多方面から舞い込んだり。
いくら情熱を持って、ビジョンを掲げ、それを議員になった後に…
実行する能力を“仮に”兼ね備えていたとしても。
まずは「当選」しなければ?
全ては「理想に夢想」止まりとなってしまう。
物語はスタート致しません。
故に、候補者は立候補時に「借り」を作ろうと「しがらみ」を生み出そうとも。
前述「双方の思惑が一致する」話を、謹んで&喜んで受諾すれば。
また、特定の地盤に留まらず、引退する議員の後援会などを継承した暁には。
結果は未知であれ、当選する確立が飛躍的に「高まる」のは事実。
私とて「市議選は土着性が強く簡単に当選しない」と散々聞かされていたので。
頂戴したオファーを「甘んじて受けようかな」と思った事が…
ただの1度もありません♪
あくまで「仮」に当選させて頂いた後に。
誰かの顔色を常に伺ったり、党本部に従っては非を是と申したり、特定団体への利益供与を目論んだりと。
尚且つ、自らの延命措置を図る様な活動をするくらいであれば。
「最初から市民生活に直結したステージに参入するべきではない!」
との確固たる信念があったので。
身に余るオファーは、全てお断りさせて頂き、選挙へ臨みました。
「夢想家」と呼ばれようが「不可能」と揶揄されようとも、兎に角。
「奇麗事(真っ当なるシステム)でも確実に前進する街」を。
皆さんと一緒に、築いて行きたかったから。
そして、当選させて頂いてから今日までの3年間。
初心を貫き通して来た自負はあります。
そもそも。
私は、「喋り手」時代に、喋りの幅を広げる為。
自発的に政治勉強会へ通うようになり、そこで…
「広島市の現実」(闇の部分)を知り、一念発起しての立候補でした。
「このままでは絶対にイケナイ!」と。
そして、今現在まで。
行き届かぬ点も多々ありながら、全力を尽くして来た結果。
街を改善して頂いた部分は幾つもあります。
しかし。
「総じて」申せば、私が「このままではイケナイ!」と感じた立候補前より。
「現在の広島市」(行政システム)は、閉塞が進み。
二元代表制とて、何とか徳俵で持ち堪えてはいるモノの。
「機能不全」と言っても過言ではないかと。
また、「淀んだ舞台裏」など幾らでも列挙できますけども。
議会だろうが職員だろうが民間企業だろうが、ステークホルダーは…
「寄らば大樹」。
その大樹も、枝葉では四季折々の色づきを見せながら。
植樹の時点で、根を張ったのは「しがらみの森」。
そもそも「広島をこうしたい!」とのビジョンと情熱。
いわゆる「コチラ主導」で始まった物語ではなく。
「何とか当時の政権に歯止めをかけたい」と…
焦点がソコへ絞られ「アチラありき」で当選後には完結してしまった物語。
その後も。
「国際平和文化都市」らしからぬ一面が覗く度。
組織の人間だって、内心では重々に分かっていらっしゃる。
広島市の未来の為に「コレは違うぞ!?」って。
(なので内部の各所から各方面へ救難信号が発せられている)
でも、悲しいかな組織内では、そこへ抗い、闘うヒーローなど…
求められていなかったりで。
然るに round and round!グルグル〜グルグル!
一見、前進しているようで。
何年も何年も、同じ広島市が同じ場所にて同様に回っている。
言わずもがな、その回転軸を支えているのは…
有権者である「広島市民」です。
投稿日 : 2014年5月19日