モノレールにも乗れーる(意味なし)

衆議院が解散。

いよいよ総選挙モードへと突入です。

「政治」へ対しての不信感や失望が言われて久しい昨今。

不肖なる私が敢えて申すなれば。

これは明白なる自業自得。

日本国とは?

国民主権の“民主主義国家”であり。

選挙権を持つ人々の「投票」(行動)によって世の中を…

変える事が、導く事が、形成する事が出来る。

ながら、不平や不満は零(こぼ)すが、投票には行っていない。

これでは、取り巻く環境に何の変化も起こり得ません。

また。

先着順だの抽選で“当選”した方々が。

「為政者」として政治を担っている訳でもありません。

とどのつまり、不信感や失望を生み出した「政治家」を。

投票行動に移した方々が選び出しているのは歴然たる事実。

ではでは改めて、国民主権とは?

「自らが主権者」であり、ながら…

誰もが四六時中「政治」を考え。

都度、実行する時間や環境を持ち合わせてはおりません。

ゆえ。

“候補者”の中から、主権を握る自らの代理人として。

政治へ取り組んでくれる人々を「投票」にて選び、託す。

ここまでを顧みて「投票へ行かない」との何も生み出さないケースは横へ置き。

「投票へ行く」に関しても、さすれば…

これまでも、何を基準に投票して来られたのか?

「何かの手当てなりで、自らの家族や就労先だけが何らかの優遇、恩恵を受ける」

ならば、この人に!この政党に投票しよう!

「毎朝、同じ場所に立っては、雨の日も風の日を手を振って挨拶をされていた」

ならば、あの人に投票しよう!

上記の理由を「投票基準」にされたからと、それは個々の自由な権利。

しかし、それらの判断が巡りに巡り、総じて「社会の為」に繋がっていたのか?

※無論、否定的な意味でなく客観的に

何らかの理由で選んだ方々が、積もりに積もり、集いに集った結果。

“今の政治”が展開されているのは、惑う事なき現実です。

世の中を変えられる自らが持ち合わせた尊い権利を行使するべく。

「投票へ行く」を人として、社会人として、国民として大前提とした上で。

さて。

「向こう数年間」を託すにあたり、どなたを選ぶのか?

One more time♪

いよいよ総選挙モードへと突入です。

投稿日 : 2012年11月16日

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