on the border にて

先日は、スポーツ界にメディア関係者等、約10名で忌憚のない意見交換を行ないました。

その後日は、経済界に各方面との会合が続き。

通常時に輪を掛けて「人との対話」に多大なる時間を割いた、この1週間。

今日も明日も密なる対話予定は続いて行きますけども…

これ幸いで、まるで“レーダー”みたいなモノ。

こちらから、「自己」や「自我」を周囲へ発信させて頂き。

そのリアクション、レスポンス、反射角で己の位置を知る。

そこで、社会学の“ある用語”を持ち出すならば…

「marginal man」 (マージナルマン)

意味は、社会や文化、業界といった中で「複数の集団」に属し。

異なる複数の生活環境から同時に影響を受けながら、双方にも完全には属さない者。

いわゆる“境界線”に立つスタンスから「境界人」などと呼ばれます。

移民であったり少数民族等に用いられながらも。

社会心理学として、現代の一般人にも同様の表現が度々引用されたりで。

例えば、私が突然、ヨーロッパへ移住したとすれば。

そこで、疎外感や孤独感に苛まれながら、また順応しよう、同化しよとも努力する。

こういった心の葛藤や行動が、良い方向にも悪い方向にも左右するのですが。

良い方向へ転じれば、独自の価値観や感受性が育まれ。

クリエイティブ(創造)な一面が磨かれたりも。

また、複数の世界に足を突っ込んでいるので“事態”を俯瞰できる。

つまり「その団体(組織)に属さない者のほうが、客観的に、その団体の事を理解し得る」と。

私、現在は議員活動「9」:アナウンス活動「1」の割合で日常を送っておりますが。

このアナウンス活動「1」が非常に重要なる役割を担っています。

と申しますのも“実際に”双方へ属しては活動させて頂いている「複数現場の人間」として。

議会(行政も含め)とアナウンス業界など、沢山の共通点はあれど。

そこで働く人々の思想、着眼点、センスなど、見事なまでに全く違います。

ゆえ、どちらへ顔を出しても幸いかな「どこか客観的な自分」がいて。

他人へ問う前に「おいおい!それ大丈夫かよ?」と先ずは自問自答が出来たりで。

世界のクリエイティブ業界を牽引した海外の“ある人物”は。

常に、こう書かれたメモ用紙を手に活動されていました。

「自分が間違っているかもしれない」。

これは「自らが誤っているかも?」との否定的な、自虐的な観点からのみでなく。

それだけ、世の中には多種多様な人物や思想が存在していては、個々が貴重で尊くもあり…

誰しもが「己ごとき」であると。

さてさて。

混然一帯、「良い味」が生まれるよう、シッカリと混ぜて行きましょう♪

投稿日 : 2011年9月09日

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