広島市安佐南区から市政を新たに! みんなでいっしょに変えて行きましょう!
石橋竜史(いしばし りゅうじ)の公式Webサイトです。
激動の毎日が過ぎており、ご報告が遅れましたが、まずは視察のご報告「後編」。
仙台の次に訪れた「東京」に関して。
広報委員会で東京に訪れたのには理由がありまして、それは「プロからお話を伺う」。
つまり、議会活動を広く人々へ発信して行く「広報」活動に従事するにあたり、如何なる議員とて、その道に造詣が深い人は少なく。
ならば「餅は餅屋」で「蛇の道はヘビ」。
「世界的に通ずる大きな報道機関」を訪ねる事となりました。
実際、特派員として世界を舞台に活躍されれば、広島にも精通されている室長クラスの大ベテランさんと“会話のキャッチボール”が出来る。
こんな好機、欲しても、そうそう頂けるものではありません。
「世界から見た広島は?」「広島の課題点」「広報紙のあるべき姿」「効果的な手法」etc。
それは貴重な「プロの経験談」をフェイス・to・フェイスで伺いながら、「今だ!」とばかり質問も、ぶつけさせて頂く。
嬉しかったな。
何が嬉しいって、ある種「伝記」と申しますか、その「報道人」が長年を費やし経験しては得られた事を、分かり易く即時にご教授して頂ける。
発展途上の己を成長させるべく、見聞を広め、見識を高め、教養を深められる。
返す返すも“こんな好機”であり、機会を設けて頂ける有り難さと、明らかに自らが「視察前よりも成長している」実感。
嬉しい♪ 本当に有意義な2泊3日の視察でした。
そして本日は、平和記念式典の出席。
まずは、期待していた市長の平和宣言は…
何だろう?
これは偉そうな物言いでなく、世間一般で言えば及第点(合格点)なのかも?しれませんが。
あくまで私の個人的な所感で言えば、どこか物足りなかったな。(決して否定しているのではありません!)
と言うのも、昨年の「パン・ギムン国連事務総長」のスピーチが印象に残っているので、どうも“そこ”を基準に捉え、考えてしまいます。
湯崎知事の様に、これは誹謗でも何でもなく「同氏のスタイル」なのでしょうが、ずっと下を向いては原稿に“目をやりっ放し”などは論外として。
あのパン・ギムンさんの様に、時には胸に手をやり、時に優しく小さな笑みを浮かべ。
上手に間を取りながら、列席者と、そして世界の人々と「対話」しながら“自らの背景”までも盛り込んでスピーチを行なう。
※当然、これを「正解」と位置づけるでなく
“あれ”を見ては“あの”内容を聞いたので、今年の松井市長の場合は、要所で前を向き、かつ感情を入れては抑揚をつけて宣言を述べられ。
また、宣言内容も工夫されていましたけど、良くも悪くも、協調路線を図る「松井カラー」。
つまり、広く意見を求めては、そこを活かしながら原稿が構築、編集されているので、失礼な表現ですが…
結果的に「どこか絞りきれていない」感は否めず。
例えば私ならば、最初に「私は、こう思う」との叩き台となる原稿を自らで書き上げ。(ここが絶対的にスタート地点!)
そこを制作委員でブラッシュ・アップして貰いながら、並行して広く市民の意見、想いも加味しては推敲(すいこう)を繰り返し…
「最終稿」を作成するでしょう。
誤解の無き様に補足すれば、この度の「平和宣言」を私ごときが否定しているのではありません。
良かった。良かったのですが、全てをオートマティックに賞賛するでなく。
いち議員、いち市民として「包み隠さず」率直な感想を書き綴っているだけであります。
言わずもがな、誰もが核兵器の無い、世界の恒久平和を願っているのですから。
他に、小学6年生の子供達が読み上げる「平和への誓い」は素晴らしかった!
「未来をつくるのは人間です」
「喜びや悲しみを分かち合い、あきらめないで進めば、夢や希望が生まれます」
「私達は、人間の力を信じています」
この「言葉」(言霊)を目の前で、正にライブで耳にした瞬間、本当に感動して泣きそうになりました。
そこで、今一度、忘れてはならないのは。
先人の方々の歴史が礎(いしずえ)となり、今の我々が“生かされて”いる。
争いの無い、「みんなの笑顔が溢れる未来」の誕生を心から祈念すると共に。
今後も、微力ながら出来る事から取り組んで参る所存です。
投稿日 : 2011年8月06日