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石橋竜史(いしばし りゅうじ)の公式Webサイトです。
数年前のこと。
テレビのニュースから流れて来るは、白血病と戦う4才の女の子で、名前を「まひろちゃん」。
血液のガンと戦う為、長きにわたる抗がん剤治療により、まひろちゃんの髪の毛は抜け落ちてしまっていました。
そんな事実を知った“あるカツラ・メーカー”が、その年のクリスマス…
まひろちゃんへ、ウィッグ(カツラ)をプレゼント。
まひろちゃんはウィッグをかぶり、長髪をまとった自分を鏡で何度も見ては、女の子らしくなった自らを周囲に見せるべく、病院中を笑顔で走り回ります。
その一部始終が特集され、ニュース映像から流れて来たのでした。
私は、そのニュースを目にした時点で、既に「献血の普及」を周囲に訴えるべく、テレビ局にも「献血の特集を組んで下さい!」と要望していたので…
冒頭の「まひろちゃんのニュース」を制作して下さったディレクターにも直ぐ様コンタクトを取り、申し伝えました。
「闘病中のまひろちゃんを元気付けられるのであれば何でもするよ」
「いつでも何処へでも出向くので、気軽に声を掛けて欲しい」と。
その後も、担当ディレクターに問い合わせては、継続してまひろちゃんの容態を伺っていました。
「元気になった」「ちょっと体力が低下している」等々。
そして、2年間の闘病生活の末、笑顔の素敵なまひろちゃんは、2009年の7月に天国へ旅立つ事に。
私は数年にわたって彼女の病状、経過を気にしていたので、亡くなった事実を知らされた際は、正直、号泣しました。
それから、約1年後。
この広島には「まひろちゃん献血」と言う運動までもが生まれ、そこへ尽力する学生の模様が再び取材されては報道される事に。
何の巡り合わせなのでしょうか。
そのニュース素材が、丁度、私が生放送の番組に出演している際に、特集として流されたのです。
生前のまひろちゃんがVTRに登場する。
愛娘の死後、何としても同じ悲しみを生み出さない為に奮闘される、まひろちゃんのお父様の姿が映し出される。
そんな「画」(え)を目の当たりにして、生放送中だろうが何だろうが溢れる涙をおさえ切れるわけもなく。
私は生放送中のスタジオで、それはワンワンと泣いてしまいました。
いい歳をした男が人目もはばからずに。
勿論、その模様を、テレビを通して目撃された方々も沢山いらっしゃった事でしょう。
そして、本題はココからです。
そんな私の姿を観て、あるインターネットの掲示板に書き込みをした方がいらっしゃいます。
折角ですので、全文を丸々明記しましょう。
「少し前の話になるんだけど 番組で子供が白血病で亡くなって」
「その子にそっくりの 着ぐるみ人形が 献血のお願いをしてるというVTRあけに」
「石橋なんちゃらとかいう ローカルタレントが号泣してた」
「周りが引くくらい泣いてて見てるこっちもドン引き」。
以上ではありますが、さてと。
私は出来た人間でもなければ聖人君子でもない、そのままの粗削りな人間です。
しかも、こう言った商売を20年間も続けて来たのですから、これまでも誹謗や中傷は星の数ほど受けて参りました。
ですから、この期に及んで「前記の書き込み」に対し、取り分け、目くじらを立てるでもありません。
しかし。しかしです。
冒頭からの背景を「誰も知る由は無い」のですから「この男は何で号泣してるんだ?」との率直な感想を抱かれるのは摂理ながら。
それを公の場に書き込んで、何が浮かばれると言うのでしょうか?
私は、これまた生来のヤンチャ坊主ですから、未だ、怒る時は普通に怒る。
でも、今回の一件は、怒るも何も、漂う空虚感と申しますか、どこか悲しい。
もしも、書き込んだ人物が、私が号泣するシーンをテレビで観る数分前に「宝クジで100万円」でも当たっていれば…
絶対に“同様の書き込み”はしていなかったでしょう。
結局は、あらゆる事象を感受するにしても。
それは受け取る側の「心のコンディション」次第なのです。
こんな話を、何を持って今時分に書き綴っているのか?
それは、今回の書き込みを、最近、知人の指摘で知ったから。
別に“反撃”しているのではありません。
これからの未来へ向け、誰かに対して、同様の書き込み等が「1つでも減ってくれれば」と願い。
例えば、世の中には素敵な「歌」が無数に存在する。
それは、人間の感受性が豊かであり、繊細であるがゆえ。
汝、「寛容」であり、「他人に優しく」あれ。
石橋竜史からのお願いでした。
投稿日 : 2011年3月17日