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日記|DIARY
2009年5月19日 We love sports 「正々堂々」
広島ビッグアーチでは現在、試合前に「元日本代表監督、イビチャ・オシム氏」のVTR映像が流れ、同氏は、こうコメントされます。
「人生には困難がつきまとう」。
「そしてスポーツでは、その困難に立ち向かう人間力を養う事が出来る」。
「人生に必要な、忍耐力や判断力を養う事が出来る」。
「スポーツに親しもう。スポーツを育もう」と。
スポーツが、青少年の情操教育に多大な影響を与えるのは特筆するまでもなく。
人々に夢や希望、生き甲斐に娯楽まで与えてくれる。
「たかがスポーツ」。
でも、オリンピック期間中に、世界で延べ「170億人」がTV観戦し…
サッカーW杯ともなれば、その期間中にTV観戦者は「380億人」にも上ると言われます。
記憶に新しい、野球・WBCでの歓喜から、それこそ息子さんのサッカー教室レベルまで。
その影響力は“絶大”であり、「人々の生活の一部」とも言えるスポーツ文化。
飛躍した話をすれば、これから、より加速化する「高齢化社会」。
国の財政を圧迫する「医療費」は、今後“かさんで行く”一方。
そんな中、誰しも「レッツ・スポーツ!」とまで行かずとも、程よい運動を心掛けて「健康になる」ならば、国の医療負担も軽減。
何より健康は、生活の根幹を成す“幸せ”で、「スポーツの普及」とは、長期的であれ「健全で希望ある政策」の1つです。
それはまるで、「千葉県は船橋市の如く」。
同市は1982年に「スポーツ健康都市」を目指すと宣言。
精力的に、スポーツの普及、市民への浸透に取り組みました。
教育面でも、市立船橋高校では「体育科」が設置され、「いちふな」と言えば各スポーツ種目の“強豪校”として、今や知らない人はいないでしょう。
数々のアスリートを輩出して「日本のスポーツ文化・発展」に寄与すれば、多大なる都市のPRにも。
「ところ変われば」で、何て素敵なビジョンであり施策なのでしょうか。
かつて、この広島は「スポーツ王国」と呼ばれました。
しかし、その冠も、今は昔。
現在、私個人で勝手に「市民球場跡地問題・強化月間実施中」なので、同問題に照らし合わせれば。
復興のシンボルでもあり、スポーツ文化・発展の「生けるモニュメント」でもある市民球場を、何が何でも解体したがる「市政」。
それは何故か?
私が以前、市の“ある人物”と話をした際、その方は、面と向かって言われました。
「あの場所は従来、緑化、公園にしたかったのです。そこへ約50年前に野球場が誕生してしまった」と。
解りますでしょうか?前号の私のブログ同様、いち職員が「市民に相対して政策論争をする際」、自らの個人的感情など挟めません。
これが、現市政の「統一された方針」なのです。
近しい知人に“市の職員”がいらっしゃる方は、「真実を教えてくれませんか?」伺ってみると良いでしょう。
内部でも、「この方向で大丈夫なのか?」と言う声は渦巻いている。
でも、自らの職を辞してまで、そこを訴える人物は居ない。
私見であれ、結局は公園化、折鶴施設を建設して「自らの功績を形として残したい」のでしょう。
そして補足ですが、これだけ市民から「今、本当に解体しなくてはならないのか?」と疑問視する声が上がっているにも拘らず。
各方面には「解体ありき」で、既に「その後の活用法」ばかりに目を向けている団体や企業、メディアが存在する。
この意味は、いたって明白。
「利害が一致」しているのです。
「解体しました!工事を請け負いましょう♪」「広場になりました!イベントを請け負いましょう♪」
「市の推し進める計画に賛同いたしますので、今後とも何卒♪」
忘れてはならないのは、これは長年に渡り広島で行なわれた来た数々の「悪習」の、ほんの一例です。
一部の者のみが「既得権益」にしがみつき、大多数の市民が、その煽りを喰らう。
今回など、私欲を成就させる為、「復興のシンボル」を逡巡(しゅんじゅん)も無く、解体すると言う。
悲しいのは、保身の為に「フェア・プレー精神」の欠片すら持ち合わせること無く、そこへ加担する輩が後を絶たない「街のシステム」。
そろそろ、市民の皆様で力を合わせて「この街を浄化」しなければ、いつまでも悪しき慣習は継続されて行きます。
そう、いつまでも。
2009年5月18日 ポジティブ・シンキング♪
特筆するまでもないのですが、一応、先だっての報道をピックアップ。
広島市は15日、サッカー専用スタジアムについて、市が主体となって建設することは財政的に困難との方針を表明。
市議会基本構想・基本計画特別委員会で、岩崎静二・市文化スポーツ部長が議員の質問に答弁した。
同部長は、財政上の理由から市による建設に否定的な考えを示す一方、「民間が主体となって建設しようとする機運が高まれば市として支援したい」と述べた。
サッカー専用スタジアムを巡っては県サッカー協会が1月に、市民球場跡地への建設を求め、市に要望書を提出している。
如何でしょうか?
現在の市政は、前平岡政権時代と違い、典型的な“トップ・ダウン”です。
※「前政権は、良きにつけ悪しきにつけ、下からも色んなモノが汲み上げられ反映されていた」(関係者談)
例えば跡地利用に関して言えば、トップがあれだけ平和機能の誕生に走り、しかも、以前は「サッカー専用スタジアム建設」を選挙公約に掲げながら撤回しているのですから…
上記の部長も、課長時代より平和政策を最前線で遂行されておりますし、表現は失礼であれ“いち職員”が「専スタを造ります」など口が裂けても言えないでしょう。
組織の中にあり、そんな不器用な(素敵な)人物は、部長クラスまで昇進できていない。
ただし!「市民球場跡地のサッカー専用スタジアム誕生」で言えば。
同部長の話にも「市が主体」等の話がありましたが、市が掲げる市民球場跡地利用の「計画案」に関し、市が整備主体となり発生する事業費は。
☆球場解体 約5.4億円
☆緑地広場機能(森整備、用地取得) 約19.3億円
☆レストハウス機能 約3億円
☆文化発信機能(アニメ・ライブラリー等) 未定
☆観光バス駐車場 約0.5億円
☆球場メモリアル機能(外野スタンド保存) 約2億円
☆駐輪場 未定
※合計 約30.2億円(未定を除く)
言わずもがな、寄付を募ると言う建設業者(事務所)主体の「折鶴ホール建設費」や…
本当に商工会議所が負担しえるのか?と言う現商工会議所ビルの移転、新設費(莫大でしょう)…
並びに、謳いながらも未だ主体主すら決まらない「劇場機能」(ホールの建設)費用は計上されておりません。
一概に比較できるモノでなくとも、人口が6万人弱の三次市が今春にオープンさせた三次きんさいスタジアム。
ご覧になられた方は解ると思われますが、1万6千人収容で、それはシンプルながら立派なベースボール・スタジアムです。
総工費は、約32億円。
シンプルな極論を言えば、復興のシンボルでもある市民球場を解体せず「有効活用」すれば、血税を投じること無く、如何様にも道は模索できる。
最低でも、30億円から100億以上は必要であろう「計画」を市は断行しようとしているのですから。
「民間が主体となって建設しようとする機運が高まれば市として支援したい」と同部長が述べられた様に、ここは前向きに捉えましょう。
これまでの「市のスタンス」から言えば、ある種、「失言」ですよ。
「気運が高まればバックアップする」と公で明言しているのですから。
うがった見方をすれば、財政難なのは広島市に限りませんし、国内どの都市であれ、簡単にスタジアムなど建設できるモノではない。
つまり、「サッカー専用スタジアムの誕生を望むのであれば民間で気運を高めてくれ!」
「さすれば、コチラも大義名分が出来、晴れて、そこへ乗れるので」と言う暗号コードを含め、何かを我々に発信しているのかもしれません?
コチラは、そんな胆略的で幸せな受け取り方を持ち合わせておらずとも(笑)
いずれにせよ、「気運が高まればバックアップする」と言われているのですから、ここは返す返す前向きに捉え、皆さんで気運を高めて参りましょう!
これまで、公の場所では“この種の発言”すら関係者から発せられる事は無かったのですから。
大いなる前進です。
考えてみて下さい。
市民球場跡地に、あの場所に「野球場を再活用してのサッカー専用スタジアムが誕生!」
国内のみならず、これだけの「ニュース・ソース」は、ちょっと無い。本当に無い!
「広島に新たな野球場、マツダ・スタジアムが誕生」どころではないでしょうし、無論、野球に勝った負けたではありません。
同じ土地に共存する、地域に愛されるスポーツ文化同士「相乗効果」で地域を盛り上げて行けば良いのです。
野球場の次に、新たにサッカー専用スタジアム?
「広島って取り組みが違うね♪」と。
万人が満足する訳でなく、中には「何をやってんだか」と捉える人々も居るでしょう。
でも、絶対に損はしない!
2009年5月16日 always
前節の惜敗を払拭する程に、緑のピッチを駆け巡った紫の戦士達。
試合後、対戦チーム、山形の選手は語りました。
「今日の試合を見た人は『個々の能力では勝てない』と感じたと思う。ウチのチームは、『グループでどれだけ頑張ってやれるか』が大事になる」。
確かに、現在のサンフレは「次世代を担う」を含め、日本代表クラスの選手が名を連ねています。
しかし、「個々の能力」で試合結果でもある“3対1でサンフレ勝利”に辿り着いたにあらず。
シーズン開幕より3分の1の日程を消化し、どのチームにも蓄積された疲労が“表面化”して来る中…
「絶対に勝つ!」と言う意思の下、サンフレ・イレブンの誰もが、それは泥臭く「一生懸命」プレーしていました。
ピンチとなれば、寿人選手がDF陣を助ける為、最終ラインまでダッシュで戻る。
柏木選手に高萩選手など、相手チームの誰よりも走り、ボールをチェイス。
言わずもがなの青山選手の献身的なプレーに、両サイドの服部&ミキッチも、前線から最終ラインまで相当の運動量を誇ります。
途中から出場したハンジェ選手に清水選手も、「やる事は1つ」とばかりピッチ上を駆け回る。
無論、敢えて名前を挙げずとも、誰もが「チームの為に」徹底して走り、ひた向きにプレー。
「1人は、みんなの為に」
「みんなは、1人の為に」
ペトロヴィッチ監督は、前日の練習後、選手に語り掛けました。
「現在、怪我等で試合に出られない選手達に勝利をプレゼントしよう」。
そして、勝利を収めた後、槙野選手は語りました。
「現在、怪我で戦列を離れている選手達が安心してリハビリ等に取り組めるよう、これからも勝利します」と。
みんなで手にした勝利は…
格別です♪
そんな試合後のビッグアーチ。
マッチスポンサーに敬意を表し、良かれと思い“遊び心”で着て行ったシャツを…
「さすがスポンサーを大事にされますね♪」と寿人君にねぎらってもらい。
「ディフェンダー!スット!ヤノフゥ〜!」と、当のイリアンより“私の選手紹介”の物真似をされ。
「石橋さん!今から披露宴に急行するので、スカーフ!スカーフを!」と陽介君に身支度まで手伝わされたりと…
明るく、どこか柔らかな雰囲気で包まれていました。
これまた、冒頭の山形の選手のコメント同様。
『グループでどれだけ頑張ってやれるか』が大事。
勝ち点Bは、サンフレッチェが、「90分間のゲーム」に対し、一丸となり真摯に取り組んだ結果“伴った”ご褒美です。
「雨が降るかも?」と言う予報の中…
ビッグアーチへ足を運んで下さった方々にも、同じ“いちサポーター”として『感謝』。
P.S.
ハーフタイム・プレゼントの「コカコーラ・オリジナル自転車」が…
超〜欲しかった。乗って帰りたかったな(笑)
2009年5月15日 ある日の新聞報道
本日の中国新聞。
4月25日から5月13日まで同社のホームページ上で行なわれた「市民球場跡地利用計画」のアンケート結果が掲載されていました。
具体的なパーセンテージ等は明確にされていないものの、回答より得られた「希望する利用策」は。
1位「サッカーを中心にしたスポーツ施設」
2位「可能な限り旧球場を活用したイベント施設」
3位「民間の商業・レジャー施設の誘致」
紙面には、詳細を補足しながらも、数箇所に下記の「大文字」が躍ります。
「都心の未来 熱い思い」
「折り鶴 不要派が多数」
「サッカー場 期待根強く」
「平和発信 理念に賛意も」
我々は以前より、市内の人々を中心に、県内の人々中心に、県内外の人々を含め、と言った具合。
取材も兼ね、何の着地点に誘導するでなく、フラットな立場で「同場所・利用計画のアンケート」を行なって参りました。
1つ言える事は、昔も今も、スポーツ施設云々の前に、市が推し進める計画案が見事なまでに「支持を得られていない」事実。
別に、何かを敵視して「あてつけ」で表現しているのではなく、この度の様に「市民の声」を聞けば。
実際に聞いてみれば、偽ること無く「不支持」が圧倒的に多いのです。
今更、驚く事もありません。
ただし、これだけ「不支持」が渦巻いていようとも、おそらく数年前であれば“同案件”は既に決着していたでしょう。
では何故?ここまで混迷を極めているのか?
それは、人々が「立ち上がった」からに他なりません。
「このままではいけない」と言う民意、関心度の上昇。
私ごときが分かった風に持ち出す話でもありませんが、例えば、この秋に訪れる「広島県知事選」。
前回の県知事選の投票率は「約25%」。県の未来を左右する「知事の選出」に、県民の4人に1人しか興味を持っていないのです。
無論、「全国歴代でワースト2位」の低さ。全国で、しかも長きに渡る知事選の歴史の中で、ワースト2位。
参考までに他都市の知事選・投票率は、東国原さんの時の宮崎で「約65%」。橋下さんの大阪で「約49%」。森田さんの千葉で「約46%」。
大阪や千葉など、上記の数字を記録したにせよ、「まだまだ投票率が低すぎる」と言われていました。
ならば、この「広島」って一体?
「知事選に真新しさが無い」「次世代を担うリーダーが現れない…」では、責任転嫁の何物でもありません。
そんな風土であった。そんな土壌であったからこそ…
行政側も、ここまでの「不支持が届く」など推測すら立たず、「行ける」と踏んでいたでしょう。
しかし、蓋を開けてみると、時代が「無関心」では許されない時代へと突入していた。
そして何より、かつて「ワースト2位」だった広島が、明らかに「変わって」来ていた。
街の行く末を決める“操舵”は、いつの時代も「一般市民が握っている」事を忘れてはいけません。
2009年5月14日 和み
今日は午前中からCMのナレーション。
午前からのナレーションで気をつける事と言えば…
1つは、早めに起床して頭のみならず、ノドや声を起こす。
そしてもう1つは。
ラッシュ時などに引っ掛かっての、現場への遅刻。
故に、朝の現場など、私は「石橋を叩きすぎじゃねえか?」と言うくらい用心して早めに家を出ます。
今日も着いちゃいました。
毎回ながら、入り時間の30分前。
ただし、これまた毎回ながら「ハイそうですか」と現場には入りません。
先方に、「えっ?!もう?」と相手の時間を奪い迷惑をお掛けするので。
そこで、車を停めてスタジオの周囲を散歩していると…
そのスタジオの敷地内にある花壇が目に飛び込んで来ました。
「おっ!?」
花壇の草花に、全て水が撒いてある♪
プランターの“明らかに育てている”感が漂うモノから、ちょっとした雑草エリアまで、まんべんなく。
全国に支社を構える大きな制作スタジオにも拘らず、その早朝からの「ゆとり」。
受け取り方1つなのでしょうが、朝から“ほっこり”してしまいます。
その後、ナレーションがスタート。
途中まで全く気付かなかったのですが、ふと私が喋り始めるキッカケを教えてくれる「CUEランプ」の上を見ると…
ネコの人形が3体。
しかも、1匹は耳にヘッドフォンをしています♪
またまた、本番中に素敵なワン・クッション。
3時間を要して「1本」の作品を読むケースもあれば、今日の様に、2時間を要して十数本を読むケースも。
この数週間で、70本以上は読みました。
量が多いのか少ないのか“基準”が無いので判りませんが。
何の“ご機嫌取り”をするでなく、オファーを下さった方々へ少しでも恩返しをするため。
引き続き、精一杯、喋ります♪
明日も、ナレーションは…
午前中から。
2009年5月13日 キーワードは色んな「16」
昨晩はHFMの「GOA〜L」にゲストで呼んで頂きました。
毎回ながら、「ゲスト」とコールされると何ら自らを卑下するでなく…
「お、俺で宜しいのでございましょうか?」と恥ずかしいやら申し訳ない感懐に包まれてしまいます(笑)
ちなみに、感慨(かんがい)めいた大袈裟な感覚でなく、感懐(かんかい)ですけども♪
そこで、新たな番組パーソナリティー、「貢藤十六さん」とは“ほぼ初対面”だったのですが…
貢藤さん、それは「ナイス・ガイ」♪
性格的な部分は勿論、仕事(番組)に対する姿勢も、物凄く真摯なモノを感じます。
私とて、仕事でゲストを呼んだり、作家や俳優、スポーツ選手にインタビューする機会は多々訪れる。
その際、言うまでも無く、事前の「知識武装」と言うよりは「マナー」として、対面する方の背景を徹底的に調べます。
作品に目を通せば、経歴を含めたバック・グランド、etc。
調査と言うよりは、本番がより潤滑に、また少しでも盛り上がる為の「予習」であり「準備」の作業。
言うなれば、その段階で既に「インタビューは始まっている」とも言えるでしょう。
そして話は戻り、貢藤さん。
なかなか大した背景も無く、1冊の本と言うより冊子レベルの私。その私ごときのプロフィール(一箇所のみならず)をはじめ…
関連している事に、それは周到に目を通し、調べて下さっている。
これだけでも、コチラへ伝わって来るモノは多大にあり、生放送が始まる前から思ったものです。
「この人、デキる!」
トークも上手でらっしゃるし、素直に嬉しい限りです。
時に、同性の喋り手と共演したり、何より同姓の新たな喋り手さんが登場した際など、周囲より…
「ライバル視してんじゃない?」などと言われる事もありますが、愚問。
喋り手は、周囲に上手な人が居ないと、自らも“絶対”に上手になりません。
言わずもがな、性別を問わず、上手な喋り手さんと一緒に仕事が出来る事は大歓迎♪
これまた、話はGOA〜Lに戻りますけども、相変わらず番組スタッフの皆さんも明るく素敵な方ばかりで、楽しい一時を過ごさせて頂きました。
そこで改めて感じるは、サンフレ選手同様、我々も「目の前に一戦に全力を注ぐ」所存です。
今からでも充分に間に合いますので、一人でも多くの方々に呼びかけましょう!
今週の土曜日、5月16日対山形戦!
広島ビッグアーチで16時キックオフ!
合言葉は、「生観戦」です!
2009年5月12日 世代の仕業あれこれ
いつも、どことなくビールの香りに包まれていた薄暗いコンコース。
そのトンネルを抜けると…
目に飛び込んで来るのは、すり鉢状の観客席と、深い緑の簡素なスコアボード。
そして、これからドラマが生み出される、黒土と天然芝のグラウンド。
この瞬間は、幾つになっても何度経験しても感動を覚えたものです。
幼少の頃より、幾度も足を運んだ市民球場。
いつも、当たり前のように、そこへ存在していました。
朝から晩まで白球を追いかけていた、高校球児の頃。
ベンチに入れない下級生は、観客席で応援団の一員として試合に参戦。
高校野球の慣例ですが。
試合前、そして7回に突入する際、両チームを通して必ず行なわれる「エール交換」。
「フレー」「フレー」の後に、相手高校の名前を味方全員で叫ぶと。
ダイヤモンドを挟んで対面している相手側の応援団席より、惜しみない拍手が送られて来ます。
と同時、向こう側からも同様のエールが送られてきて、またコチラは惜しみない拍手を送る。
やって、やられた者ならば解る、何とも清々しい大好きな一コマ。
そう言えば、動きの遅い身長180cm以上はある控え投手のチームメイトが、ゆっくりと応援団席に戻って来ている最中。
正に、点と点。
高々と天空に放物線を描いたファールボールが。
彼の命とも言える右肩に直撃。
これまた坊主頭のチームメイトと、彼を指差して死ぬほど笑い転げたっけ。
「ボールから目を離すなよ」って。
また、怖い先輩方が。厳しい練習を共に乗り越えて来た先輩方が、決勝まで駒を進めたにも拘らず。
この場所で敗退。
声を枯らした応援団席で、人目をはばからず泣き崩れました。
そして時は流れ、自らがレギュラーとして、主将として迎えた甲子園を目指す夏の県大会。
市民球場のグラウンドに初めて足を踏み入れる。
押し寄せる感動と迫り来る太陽の暑さで、冷たい汗が一筋、ゆっくりと背中をつたって流れて行った。
今でも鮮明に蘇って参ります。
ガキの頃から、ある種、甲子園より夢にまで見た市民球場で。
9回裏2アウトまでリードしながら。
サヨナラ負け。
放心状態のまま、試合後、市民球場の正面玄関前。
鬼の様な監督から。
「お前達は3年間よく頑張った」と一言。
バスタオルが絞れるくらい泣いたものです。
先人の懐古趣味に囚われていると、後生の新たな思い出が作れなくなってしまう。
故、決して市民球場に固執している訳ではなくとも。
本当に今年「解体」しなくてはならないのか。
その理由とは。
先日、久々に市民球場へ足を運ぶと、行なわれていた社会人野球。(当サイト・映像コーナー参照)
バックネット裏には、頭にタオルを乗せ扇子で涼を取る観客の姿が。
お馴染みの原風景。
もしも、この球場が数ヵ月後に産業廃棄物になったならば。
それは市民が選んだ道なのです。
なんら抗うこともなく、全てを従順に受け入れた。
市民の選んだ道なのです。
それを良し悪しと“皮肉を込めて”表現しているのではありません。
1950年代半ば。
当時の市長や市政が反対しようとも、当時の市民の熱気があの場所に市民球場を誕生させた。
2009年初秋。
現在の市長や市政が解体へのレールを敷き、現在の市民がそれに追随するだけの話。
誕生させ得る熱い世代が球場を誕生させ、解体させてしまうであろう静観の世代が解体させる。
唯一の救いは。
市民球場云々の前に、「アンフェア」に対し「アンフェア」と声を上げる市民の方々が。
今の世代にも沢山いらっしゃること。
そしてまだ、何も決まっていないこと。
私は職業柄、聞きかじった話や受け売りで何かを何処かへ導く下心など無い。
自らの足で、あらゆる方面に出向き。
無数の人々に取材を慣行。
結果、自らのフィルターを通した声を上げている。
一点の曇りも無く自信を持って言えるのは。
解体しようと動いている組織より。
まずは「解体の是非を充分に問うべきだ」と唱える我々の方が。
120%「フェア」である。
何故なら、利害が一切関与していない。
フェアだけでは物事が成り立たないのならば。
大した平和都市である。
2009年5月10日 花言葉は「情熱」の方向で
昨日、サンフレはアウェイの千葉戦で、1対2の惜敗。
何連勝しようが何連敗しようが「大好きなサンフレ」に何ら変わりはないので…
引き続き、熱く熱く応援して行きます♪
次節は、我が家での試合。
120%勝利する所存です!
さて、そんなこんなの本日は、「長モノのナレーション」現場。
原稿は、数日前に手元へ十数枚が届き、事前にシッカリと読み合わせ、練習は積んで本番に臨みました。
ナレーションの原稿は、事前に渡されるモノもあれば、収録時、その場で渡されるモノもあり。
読み手としては、事前に充分な練習を積んでおきたいケースもあれば、初見で「瑞々しい感覚や発想」を大事にした方が良いケースもあります。
無論、十人十色で、ナレーターさんには個々のスタイルが存在しますけども。
話は戻り、マイクの前に座り、いざ本番。
「CUEランプ」が点灯して、読み始めます。
この年齢で、今更、マイクの前でグダグダになる事はなくとも…
この度は、練習時のクオリティが、なかなかマイクに乗って来ない。
「面白い」と言いますか「不思議」なモノで、喋りと言えど、つくづく大事なのは「メンタル」部分。
スタッフさんなど、最高に優しい人ばかり。
読む時間、設備、内容、体調(常に良好です♪)諸々を全て考慮しても、何ら問題はなく、最高の環境が整ってのナレーション。
でも、自分では、なかなか満足が行かず、各センテンスが終わる度、ディレクターさんから「OK」が出ても…
コチラから、「スイマセン。もう1度プレイバックして頂いて良いですか?」(読み終えた部分を再生してもらう)「もう1度、今の部分を読ませてもらっても良いですか?」の繰り返し。
何でしょう。
まだまだ持ち合わせのスキルは未熟であれ、フィジカルではないのです。練習時も、キッチリと明瞭に?(笑)読めているし…
この十数年、「どうやったら上手になるのだろう?」と、ひたすら取り組んで来て。
この十数年、何千、何万と言う原稿を読んで来た。
にも拘らず、自らが愚鈍なれ、未だに“上手”になれないのですから、たった1つの道であれ、何と険しいことか。
己が悔しくて悔しくて、帰宅後もOKを頂戴した、いわゆる「済」の原稿を、これまた何回も読みなおしました。
人生、ある道を究め、10戦して無敗も楽しいが、10戦して3勝3敗4引き分けくらいも楽しかったりで。
私も“一生”は喋りの仕事に就いていないでしょうが、取り合えず目の前の現場には全力を注ぎ、引き続き、精進&精進です♪
しかし、悔しい。
夜も深く、これより明日の準備もありますが、もう1回、読み終わった原稿の練習をするとします。
しょうがないでしょう。
下手なのですから♪
2009年5月08日 心のリセット
本日、現場が終わり時間が出来たので、現在、市民球場で行なわれている「折鶴の展示」に足を運んで参りました。
己を美化、正当化するつもりは毛頭ありませんが、私は以前より「折鶴」を否定した事はありません。
平和を願う人々の想い。その行為。「折鶴」に関する歴史的な背景。
何らネガティブな思想は抱いておりません。
ただし、これまた以前から発信している通り、「折鶴すら折らないで済む事が日常」である平和な世の中であって欲しく…
“コマーシャリズム”を自作自演するが如く、「平和=折鶴」で全てを押し通さんとしているスタンスには、どこか疑念を抱いています。
否定ではありません。それで「大丈夫なのだろうか?」「正解なのか?」と言う素朴な疑問です。
よせられた折鶴は、一定の期間、捧げられた後、火にくべて供養させて頂くなり、長崎の様に再生紙として活用する方法もある。
何も、街のド真ん中に「施設まで造った後、展示する必要性はあるのか?」と。
こうなった場合、たかが自らの小さな人生経験により生み出された「固定観念」に固執する、「既成概念」に囚われる事は絶対にNG。
故に、「実際に折鶴を展示してみたらば、どんな感じになるのだろう?」と足を運んだ次第です。
心をニュートラルに保つならば、「折鶴の展示って素晴らしいな♪」と新発見に繋がるかもしれませんから。
そして、市民球場内。
そこには、平成20年度の1年間に捧げられた折鶴「1300万羽」が5つの部屋を使用して展示されていました。
感想は…
普通に綺麗でした。色鮮やかですし、折鶴で何かのデザインや文字をかたどったモノも多数あり、何より「数」が集まると、やはり訴えて来るモノはあります。
また、世界の子供より(子供のみならず)「平和な世界でありますように」「いつまでも、みんなと一緒に遊べますように」と温かい想いが各所に書き綴られており、格別、圧倒されたり不気味な感想を抱く事もなく。
その結果、我思ふ。
「これで良いではないか♪」(あくまで完全なる個人的な感想で、今後、その方向で動いて行く云々ではなく)
市民球場の正面玄関、並びに1塁側から3塁側の頑丈で趣もあり、何より「復興の顔」である部分は残す。
その建物の中に「現在と同様」、折鶴を展示すれば良いのでは。
我々も、昔より“同場所”のあらゆるスペースを利用して、広島にまつわるスポーツや芸術、音楽の「ミュージアムにしよう」と訴えておりましたから。
税金を注いで、この不況の中で一生懸命に寄付を募って「新たに展示施設」を造るより、「これで良くないですか?」って話です。
そして、実際に足を運び、改めて抱いた所感は…
変わりませんでした。
無理に展示する必要はないと思われますし、現存する平和祈念公園内の「折鶴の場所」を、より充実させれば良いのではないか?と。
でも、何より市の長が固執してらっしゃる。
ならば、もう具現化してるではありませんか。返す返す、「平和」とは“形式”に囚われたモノではないのです。
わずかな「搬入」と言う超低コストで「長の夢は実現した」と言えるのではないでしょうか?
さて、次のステップです。復興のシンボルを「広島のシンボル」として残しながら、どう再活用して行くか?
私は折鶴の展示を見学した後、市民球場の観客席に移動。そこで偶然にも行なわれていた社会人野球を観戦したのですが…
あんな綺麗で立派な球場。思い出の詰まった歴史的な建造物。
解体する必要など、どこにもありません!
なかなかイマジネーションが湧かぬなら、3枚目の写真。これは、1957年に市民球場が「造られている途中」の模様ですが…
解体されるならば、あの生きている歴史的な建造物が、写真と同様の姿へ返って行くのです。
まだまだ、あんなに綺麗で、あんなに温かい「生きた球場が」です。
大リーグ、松阪投手の本拠地、フェンウェイパークが誕生したのは1917年、阪神甲子園の誕生は1924年。
両球場共に“現役バリバリ”で、今なお沢山のファンの方々に愛され、夢の空間を提供し続けている。
今一度、誰もがフラットに考えるべきです。
52年もの長きに渡り、人々が憩い、夢と希望、活力を結んだ“大樹”の様な市民の球場。
切り倒したら、もう2度と元には戻りません。
もう2度と。
2009年5月07日 『広場』
先日の「球場跡地を考える」と言うシンポジウムの話。
一般の通行人の方々に対して「球場跡地を何に利用したいか?」と言うアンケートを取ったところ、1番多い回答が「広場」でした。
次に「子供達向けの遊具施設を含めた公園」、「スポーツ施設」と続きます。
これが、正に「ザッツ・一般的」な捉え方です。(無論、私ごときが茶化したりバカにした言い方ではなく)
「何にしますか?」と問われれば…
「古いのだったら解体して広場にすれば」、「子供達や家族連れがアクティブに利用できれば良いわね」。
「質問」に対する「回答」として、条件反射(フィーリングや直感)的に考えれば、誰でもそう思います。
これこそ、在広のメディアからの報道が「現状報告」ばかりで「問題提起」が不足している“顕著な例”と言えるのではないでしょうか?
何が言いたいかと申しますと、家族連れならば、親心を酌んでも「平和公園の前で子供達が明るく楽しく走り回って欲しい」と願うでしょう。
私だって、目の中にブチ込んでも痛くない愛娘を抱えるイチ父親。同様の思い、願いは多分にあります。
しかし!ならば、県外から「そこ」を目指し、わざわざ家族連れが足を運ぶか?広場で遊んだ人々が、周辺で宿泊するか?
皆無でしょう。(若輩な私の見識眼を通した独断と偏見からですが)
「何か人々を呼ぶイベントを打つ」を含め、同様の用途は、ちょっと北側に位置する中央公園で「充分に」まかなえます。
また、戦争を知らない世代である己が、分かった風に「平和!平和!」と唱えるのは甚だ恐縮ですが、でも、広島に住んでいるのならば「発信」するべきである。
そうなった場合、「百聞は一見に如かず」ではありませんが、平和記念公園(資料館)を訪れると、心底「この過ちは2度と繰り返してはならない」と痛感させられます。
ならば、国内のみならず、世界からも何か機会があれば(無論、率先してでも)1度は人々に平和記念公園へ足を運んで頂きたい。
例えば、何の宣伝すら行なわずとも、年間に一定の人々は平和記念公園を訪れて下さる。仮に、その数字を分かり易く「100人」(仮定)としましょう。
跡地利用を「広場」とした場合、冷静に客観視して、この「100人」に何人を上乗せ出来るでしょうか?
訪れる人々は、市内近郊の方々が圧倒的に大多数を占めるでしょうから。
しかし、これは不謹慎な例ですが、跡地に「ディズニーランド」が誕生したならば(国有地等の縛りで無理ですが)「2000人」(仮定)は全国から足を運ぶ。
すると、その「2000人」の内、宿泊してでも隣接する記念公園へ、どう少なく見積もっても「300人」は足を運んで下さるでしょう。
これだけで、時に増加する年はあれど、長崎を含め、年々減少傾向にある平和記念資料館への来場者が年間「400人」(仮定)になるのです。
「利用法1つ」で。
しかも、仮に「広場になった」と言えど、年間には莫大な「維持管理費」が必要となります。
広場で入場料は発生しない。「そこ」へは、未来永劫に税金が注がれて行く。
そもそも、50億円以上の「補強費」が費やされた、まだ充分に現存できる「復興のシンボル」(何よりの平和復興の象徴!)を解体した後にです。
解体には「市民球場の為に」の名目で長年に渡って積み立ててきた基金があるので。
「あるから、あるだけ使う」とは相いも変わらず愚の骨頂。
市民の為に、未来の為に「貯めておけよ」って話であり、使い果たす必要など何処にもない!
「広場が良いって沢山の市民が言ってますよ!」と報道する前に、「広場や他の利用法を用いると、こんな功罪が生まれます」を提起、啓蒙、周知させるのが在広メディアの仕事でしょう。
そこが徹底、浸透して初めて「やはり広場が多いみたいです」ではないでしょうか。
実際に、問題提起や功罪の検証に取り組んでらっしゃる報道機関も沢山あります。でも、その「発信量」が絶対数に少な過ぎる。
周囲で実情を“そこそこレベル”でも詳しく把握している方がどれだけいらっしゃるでしょうか?
故に、安直に「広場」などの意見が飛び交ってしまうのです。
「我々が!」などと思い上がった自らへの過大評価など間違っても行いませんが…
周辺地域の方々。商業施設の方々。市議会の先生方をはじめ、沢山の方々が「待った」を唱えて下さらなければ…
今頃、無条件で「復興のシンボルは解体され、大量の折鶴がド真ん中に展示される方向」で決定していた事でしょう。
この21世紀に…
あり得ないって。
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