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日記|DIARY

2009年5月19日  We love sports 「正々堂々」


広島ビッグアーチでは現在、試合前に「元日本代表監督、イビチャ・オシム氏」のVTR映像が流れ、同氏は、こうコメントされます。


「人生には困難がつきまとう」。


「そしてスポーツでは、その困難に立ち向かう人間力を養う事が出来る」。


「人生に必要な、忍耐力や判断力を養う事が出来る」。


「スポーツに親しもう。スポーツを育もう」と。



スポーツが、青少年の情操教育に多大な影響を与えるのは特筆するまでもなく。


人々に夢や希望、生き甲斐に娯楽まで与えてくれる。


「たかがスポーツ」。


でも、オリンピック期間中に、世界で延べ「170億人」がTV観戦し…


サッカーW杯ともなれば、その期間中にTV観戦者は「380億人」にも上ると言われます。


記憶に新しい、野球・WBCでの歓喜から、それこそ息子さんのサッカー教室レベルまで。


その影響力は“絶大”であり、「人々の生活の一部」とも言えるスポーツ文化。


飛躍した話をすれば、これから、より加速化する「高齢化社会」。


国の財政を圧迫する「医療費」は、今後“かさんで行く”一方。


そんな中、誰しも「レッツ・スポーツ!」とまで行かずとも、程よい運動を心掛けて「健康になる」ならば、国の医療負担も軽減。


何より健康は、生活の根幹を成す“幸せ”で、「スポーツの普及」とは、長期的であれ「健全で希望ある政策」の1つです。


それはまるで、「千葉県は船橋市の如く」。


同市は1982年に「スポーツ健康都市」を目指すと宣言。


精力的に、スポーツの普及、市民への浸透に取り組みました。


教育面でも、市立船橋高校では「体育科」が設置され、「いちふな」と言えば各スポーツ種目の“強豪校”として、今や知らない人はいないでしょう。


数々のアスリートを輩出して「日本のスポーツ文化・発展」に寄与すれば、多大なる都市のPRにも。


「ところ変われば」で、何て素敵なビジョンであり施策なのでしょうか。


かつて、この広島は「スポーツ王国」と呼ばれました。


しかし、その冠も、今は昔。


現在、私個人で勝手に「市民球場跡地問題・強化月間実施中」なので、同問題に照らし合わせれば。


復興のシンボルでもあり、スポーツ文化・発展の「生けるモニュメント」でもある市民球場を、何が何でも解体したがる「市政」。


それは何故か?


私が以前、市の“ある人物”と話をした際、その方は、面と向かって言われました。


「あの場所は従来、緑化、公園にしたかったのです。そこへ約50年前に野球場が誕生してしまった」と。


解りますでしょうか?前号の私のブログ同様、いち職員が「市民に相対して政策論争をする際」、自らの個人的感情など挟めません。


これが、現市政の「統一された方針」なのです。


近しい知人に“市の職員”がいらっしゃる方は、「真実を教えてくれませんか?」伺ってみると良いでしょう。


内部でも、「この方向で大丈夫なのか?」と言う声は渦巻いている。


でも、自らの職を辞してまで、そこを訴える人物は居ない。


私見であれ、結局は公園化、折鶴施設を建設して「自らの功績を形として残したい」のでしょう。


そして補足ですが、これだけ市民から「今、本当に解体しなくてはならないのか?」と疑問視する声が上がっているにも拘らず。


各方面には「解体ありき」で、既に「その後の活用法」ばかりに目を向けている団体や企業、メディアが存在する。


この意味は、いたって明白。


「利害が一致」しているのです。


「解体しました!工事を請け負いましょう♪」「広場になりました!イベントを請け負いましょう♪」


「市の推し進める計画に賛同いたしますので、今後とも何卒♪」


忘れてはならないのは、これは長年に渡り広島で行なわれた来た数々の「悪習」の、ほんの一例です。


一部の者のみが「既得権益」にしがみつき、大多数の市民が、その煽りを喰らう。


今回など、私欲を成就させる為、「復興のシンボル」を逡巡(しゅんじゅん)も無く、解体すると言う。


悲しいのは、保身の為に「フェア・プレー精神」の欠片すら持ち合わせること無く、そこへ加担する輩が後を絶たない「街のシステム」。


そろそろ、市民の皆様で力を合わせて「この街を浄化」しなければ、いつまでも悪しき慣習は継続されて行きます。


そう、いつまでも。

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