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日記|DIARY
2010年8月06日 国際文化平和都市… でしょ?
平和記念式典に現職としては初めての参列となった国連の「パン・ギムン事務総長」。
若輩ながら、一応は20年間マイクを持って喋っている私から見ても、同氏は「喋り」が上手でした。
英語でスピーチしながらも、時折“日本語”で挨拶を交えたり。
その瞬間、会場から温かい拍手が起こるのですが、都度、笑顔まで行かずとも、柔かい表情を浮かべ。
拍手が静まるまで、次に進まないのです。(次の原稿を読まない)
そして拍手が収まると、静かに、優しくも芯の通った口調で再び語り始める。
しかも、時に右手を広げ、拳を握り、胸に手を当て、「伝えよう」「ここに誓おう」と、広島をはじめ、全世界の人々に語りかけるのです。
言うまでも無く、「ずっと原稿ばかり(下ばかり)向いていない」。
度々、原稿から顔を上げては、記念式典会場の人々に視線を送られる。
何が?って「血が通っている」。
別に“おべっか”を言うでなく、ニュートラルな心境でテレビ画面から流れて来る同氏のスピーチを聴き…
事務総長だの役職だ肩書きは抜きにして、いち個人「パン・ギムン」としての“人柄”がヒシヒシと伝わって参りました。
この人は、「デッカイ(器の)人だな」と。
そんな式典会場に、何より平和記念公園に隣接する「市民の球場」。
「まだ言うか!」とのツッコミもあるでしょうが。
改めて、本当に解体するべきなのでしょうか?
連日、原爆がもたらした広島の惨禍(さんか)が報じられておりますが、そこから立ち上がりるにあたり。
ナイトゲームで“浮かび上がる”球場の如く、真っ暗い空へ明かりを放ちながら。
どれだけ人々の心に希望の明かりを灯して来たのでしょうか。
復興へ邁進してる時代に、市民へ「娯楽」のみならず、勇気まで届けたのです。
市民と球場、一緒に歩んで来た、この半世紀。
何度も申しますが、いくら費用を積んだって、「市民球場」以上のモニュメントは二度と生み出せないでしょう。
未来永劫。
まだまだ“呼吸をしている”球場を、一時的なイベントの為に破壊するなど、返す返すも「愚の骨頂」。
「向こう75年は草木も生えない」と言われた場所で、人々がスポーツ文化を通じて歓喜しては平和を発信する。
“絶対に解体しなければならない理由”など、当然ながら、どこにも無いのに。
もう半世紀以上も“そこ”にあるので「当たり前」となってしまい、解体のイメージすら湧き難いのでしょうけども。
今どき、“鉄球”などは用いられないでしょうが、あの「復興のシンボル」に、ガンガンと鉄球が当たって崩れて行く。
思い出と沢山の歴史一つ一つが染み込んだ壁が、床が重機で無情にも削られて行くのです。
そして、広がる一面の広場。
誰もが「新鮮な感覚」を覚えるでしょう。
「あっ!球場が無くなると、こんな感じになるんだ♪」
結局、郊外にニュー・オープンした大型店舗の様に、最初は誰しも「新鮮」。
でも、必ず2、3年が経過して、その空間(スペース)にも慣れが来る。
その時に、「やはり復興のシンボルを壊すべきではなかった…」となっても、二度と、二度と元には戻らないのです。
ある年輩の方は言いました。
「もう一度、あの球場に明かりを灯したい」。
世界に平和を訴える、いや今日でも訴えている。
人々の笑顔に包まれた、争いの無い、幸せな世界を築きたいのですよね?
ならば、血を通わせろ!って話。
何度も、何度も申します。
お菓子博以外、まだ何も具体化していないのです!
上辺のアクションでなく、心底、平和を望む心があるのならば。
亡くなった方々も含め、無数の「広島を愛する人々」が“つなげて来た”歴史を。
絶対に!
絶対に、安易に遮断するべきではありません!
まだ間に合います!
解体条例が議会を通過しようとも、私はまだ諦めていません!
未だ、人間の“良心”と…
間違っている事を間違っていると感じ、痛いモノを痛いと感じる、人々の感性を信じています。
破壊されないでしょう。
広島の宝は。
20年後、30年後に誰しもが、染み入る程に感じるはずです。
「あの時、解体しないで良かった」と。
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