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日記|DIARY

2010年4月09日  enjoy life


もう20年も前の話。


元々、私が東京へ行ったのは「野球」と言う夢を失ってからでありました。


私の母は、実業団からスカウトが来る程のソフト・ボール選手であり。


叔父は、学生時代、高校球児として2度も甲子園の土を踏むなど…


物心ついた頃には、私を取り巻く環境は「野球」一色。


片道7キロの通学路を、リュックを背負ってはジョギングで通い。


疲労骨折するまで筋力トレーニングに励み。


年に数える程しかない「クラブ活動の休日」も、1人、グランドに出てはマシン相手に打ち込み。


同級生の家に外泊に行った時なども、バットを持って行っては、深夜に素振りをしていたっけ。


幼少より「夢は甲子園」であり、それは野球漬けの日々でした。


そして、高校3年生。


最後の夏。


9回裏2アウトまでリードしながらも“同点ホームラン”を浴び、結果、サヨナラ負け。


頭の中は、もう真っ白。


プロまで行かずとも、3年間で2度も決勝へコマを進める強豪校の主将を務めていたのですから…


野球で就職なり進学など、いくらでも出来た。


でも、幼少の頃より「甲子園の向こう側にある未来」など、ただの1度も描いた事の無かった私に。


「次なる人生の道」を選択するにあたっての十分な猶予など与えられておらず。


何一つ決めるでなく、卒業後、全くのノー・プランで上京。


必然だったのか?偶然だったのか?運命だったのか?


未だ知る由もありませんが、「喋り手」となり今日に至ります。


しかしながら、上京した当初は“野球への想い”を心のどこかに引きずっており。


バイトへ行く時など、いつも右手には野球の「硬式ボール」を握っていたな。


山手線の電車の中でも(笑)


振り返るに、相当「グランドへ帰りたかった」のだと思います。


土と汗にまみれながら、真っ黒に日焼けした気の合う男同士、共に笑って共に泣き。


そして、共に勝利を目指した日々。


20年が経過した今でも、まるで“昨日のこと”の様に、鮮明に…


さてと。


我らがサンフレッチェは、明日の川崎戦を皮切りに、「連戦」へと突入します。


シーズン開幕から“ここまで”の疲労もあるでしょう。


今後も、その度合いは増して行き、容赦なく選手の身体を襲う事でしょう。


でも。


好きなサッカーで疲れるならば、それは本望。


「プレーヤー冥利に尽きる」ってなモノです。


時にアスリートは、そのプレッシャーに、陰の努力に、競争社会に、イチかバチかの人生により。


「それは大変だよ!」などと言われますけども。


でも、練習のやり過ぎで血尿が出ても、笑顔で大声を張り上げながらグランドへ飛び出して行っていた…


ながらも、その道を歩み続けられなかった私などからすれば。


大変でも何でもなく、究極の「贅沢」以外の何物でもありません。


そんな言い方をすると、選手の皆さんからジャンピング・ボレーを喰らいそうですが(笑)


強制的に「やらされている」のではなく、好きだからプレーしている。


好きだから、歩み続けている。


「疲労?」


願ったり叶ったりではありませんか。


プレーヤーでありながら、疲労すら蓄積することなく。


引退しては“別の道”を歩んでる人々など星の数です。


サッカーは、まず「走らないと」始まらないスポーツ。


明日、サンフレ戦士には大いにピッチを駆け巡って貰いましょう!


長いか短いかも分からぬ人生の内、ピッチ上に居られる「わずかな時間」を。


それは喜ぶが如し。それは楽しむが如し。


さすれば、後には綺麗な花が咲く♪


花見だ!花見!


集え!広島ビッグアーチ!

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