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日記|DIARY

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もう20年も前の話。
元々、私が東京へ行ったのは「野球」と言う夢を失ってからでありました。
私の母は、実業団からスカウトが来る程のソフト・ボール選手であり。
叔父は、学生時代、高校球児として2度も甲子園の土を踏むなど…
物心ついた頃には、私を取り巻く環境は「野球」一色。
片道7キロの通学路を、リュックを背負ってはジョギングで通い。
疲労骨折するまで筋力トレーニングに励み。
年に数える程しかない「クラブ活動の休日」も、1人、グランドに出てはマシン相手に打ち込み。
同級生の家に外泊に行った時なども、バットを持って行っては、深夜に素振りをしていたっけ。
幼少より「夢は甲子園」であり、それは野球漬けの日々でした。
そして、高校3年生。
最後の夏。
9回裏2アウトまでリードしながらも“同点ホームラン”を浴び、結果、サヨナラ負け。
頭の中は、もう真っ白。
プロまで行かずとも、3年間で2度も決勝へコマを進める強豪校の主将を務めていたのですから…
野球で就職なり進学など、いくらでも出来た。
でも、幼少の頃より「甲子園の向こう側にある未来」など、ただの1度も描いた事の無かった私に。
「次なる人生の道」を選択するにあたっての十分な猶予など与えられておらず。
何一つ決めるでなく、卒業後、全くのノー・プランで上京。
必然だったのか?偶然だったのか?運命だったのか?
未だ知る由もありませんが、「喋り手」となり今日に至ります。
しかしながら、上京した当初は“野球への想い”を心のどこかに引きずっており。
バイトへ行く時など、いつも右手には野球の「硬式ボール」を握っていたな。
山手線の電車の中でも(笑)
振り返るに、相当「グランドへ帰りたかった」のだと思います。
土と汗にまみれながら、真っ黒に日焼けした気の合う男同士、共に笑って共に泣き。
そして、共に勝利を目指した日々。
20年が経過した今でも、まるで“昨日のこと”の様に、鮮明に…
さてと。
我らがサンフレッチェは、明日の川崎戦を皮切りに、「連戦」へと突入します。
シーズン開幕から“ここまで”の疲労もあるでしょう。
今後も、その度合いは増して行き、容赦なく選手の身体を襲う事でしょう。
でも。
好きなサッカーで疲れるならば、それは本望。
「プレーヤー冥利に尽きる」ってなモノです。
時にアスリートは、そのプレッシャーに、陰の努力に、競争社会に、イチかバチかの人生により。
「それは大変だよ!」などと言われますけども。
でも、練習のやり過ぎで血尿が出ても、笑顔で大声を張り上げながらグランドへ飛び出して行っていた…
ながらも、その道を歩み続けられなかった私などからすれば。
大変でも何でもなく、究極の「贅沢」以外の何物でもありません。
そんな言い方をすると、選手の皆さんからジャンピング・ボレーを喰らいそうですが(笑)
強制的に「やらされている」のではなく、好きだからプレーしている。
好きだから、歩み続けている。
「疲労?」
願ったり叶ったりではありませんか。
プレーヤーでありながら、疲労すら蓄積することなく。
引退しては“別の道”を歩んでる人々など星の数です。
サッカーは、まず「走らないと」始まらないスポーツ。
明日、サンフレ戦士には大いにピッチを駆け巡って貰いましょう!
長いか短いかも分からぬ人生の内、ピッチ上に居られる「わずかな時間」を。
それは喜ぶが如し。それは楽しむが如し。
さすれば、後には綺麗な花が咲く♪
花見だ!花見!
集え!広島ビッグアーチ! |
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