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日記|DIARY

2009年10月11日  客観視?



観音の青い空の下。


天皇杯の観戦に行って参りました♪


秋の陽射しが強い中、13時キックオフ。


天皇杯では場内アナウンスを担当しないので…


それは純粋にピッチ上で展開されるゲームを堪能する事が出来ます。


選手交代時にゴールシーン。


何ら、引っ掛かる事なく、取り掛かる事なく、ただ展開されるゲームを素直に楽しんで行く。


何に追われるでなく、何に気を配るでなく。


そんな、年に数回ほど訪れる「イレギュラーな機会」が。


何だか嬉しくて…


でも、それ以上に淋しくて。


本日も、「その衝動」が5回は訪れましたが、やはりゴールが決まれば「叫びたい?」(笑)


ゴールシーンのみならず、キックオフ前も…


ハーフタイムも…


そして、試合後も…


自らが「喋って会場を盛り上げる」と言えば、私ごとき“おこがましい”のですが。


でも、私のアナウンスに耳を傾けて頂かないまでも、何でしょうか?


「空間の雰囲気づくり」とでも言うのかな?


ある種の「BGM」としてでも構わないので、やはり、「会場では喋っていたい!」


と、改めて思うのでした。


リーグ戦、天皇杯ともども、目指せタイトル!


あの「サッカー・ファンの桃源郷」とも言える元日の国立が…


今から楽しみでしょうがありません♪

2009年10月10日  『友よ』


社会に出て、約20年。


これまで、小中高を通じてのクラスにクラブ活動等に関する…


クラス会、同窓会めいたモノに、私は一切参加した事がありません。


どの年代の学生時代を切り取っても「友達とは仲良く」やっており、行けば行ったで楽しいのでしょうが…


今日まで、「社会に対し、どこか斜に構えて生きて来た」弊害なのか?


「何十年も前の友人と集って何になるの?」めいた感覚を、どこか意識化に持ち合わせていたのかもしれません。


しかしながら昨晩、「遅刻しても良いので絶対参加!」の熱烈ラブコールを受け、初参加♪


結果…


それは楽しかった!


また、私達の年代になると「油断しなくとも」容姿に振る舞いは“立派なオヤジ”と成り得るのですが。


十数年ぶりに同級生と会って、驚きました!


みんな若い!


駆けつけて下さった先生まで、当時より若い!


みんなが良い意味で“そのまま”であり、これまた良い意味で“成長も遂げ”どこか感慨深いモノがありました♪


そんな飾る事さえ不要な温かい席では、各自「これまでの軌跡」から現在の職業に家庭内の話、etc。


まるで“持ちネタ”の様なトークが各々より発せられます。


そんな折、何十年にも渡り“平和活動”に尽力され、その分野では知る人ぞ知る我らの先生をロックオン!


釈迦に説法とばかり、「市民球場をサッカー場として保存・再活用」の話をさせて頂くと…


「素晴らしい!」と大先生が大絶賛!大賛成して下さいました。


「この広島は平和を唱え、発信すると言う責務を背負ってはいるが“鎮魂”のみに囚われてはならない」。


「活気を生み出し、現世の平安を通じて平和も唱えなくては」と。


カープが地元で初優勝した夜。


ファンが、市民球場から街中を“凱旋パレード”の如く渡り歩き、繁華街の流川へ向かえば…


そこでは、あらゆる店の軒先に酒樽が用意されており、通行人に無料で振る舞われた。


「あの街が一体となった感動的な光景は、今でも鮮明に憶えている」。


先生は優しい表情で当時を振り返り、同場所でスポーツ文化を継続する事により、その原風景が再現される事を熱望して下さいました。


はたまた!


集った十数人の中には、「市の職員になった同級生」も居たりで♪


私としては、「飛んで火に入る夏の虫」です!


「何を聞き出してやろうかな?」「何の話をぶつけてやろうか!?」ってなモノので(笑)


すると、コチラが話の矛先を向けるや否や、向こうの口から出るわ出るわ!


現在の“市政”について、もう「吐露」の域。様々な話が堰を切った様に飛び出して参ります♪


そんな現状を伺い、いち市民として改めて「この街をみんなで何とかしたい」と痛感。


勿論、何が出来るわけでなく、偉そうな意味ではありません。


でも、これまでの取材同様“現場の生の声”を目の当たりにすると、「このままではいけない!」と言う否定的なスタンスよりも…


「それだけ酷い現状ならば、改善される余地は無限にあるだろう♪」と前向きな希望が芽生えて参ります。


返す返す、誰かを貶めたり(おとしめたり)何かへ誹謗中傷を繰り返したい訳でなく。


「みんなで、みんなの為になる地域」を微力ながら創出したいだけ。


いやいや、「同窓会」1つを取っても能動的にアクションを起こせば、「人との繋がり」と言う大収穫が。


友よ、近々また会おう♪

2009年10月08日  プライド



前ブログの追記として、ここまでの「街の動き」を簡単に補足しておくならば。


市が「市民球場解体、広場・公園化」の最終計画案を発表後。


「この案で大丈夫なのか?」と、市民の方々をはじめ、周辺地域や政財界より“これまで以上に”異論が噴出。


そこで賛否の“現状”を知るにも、様々な機関や団体が行なった「アンケート結果」に目を向ければ…


結局は、フラットな視点での「設問」等も少なく、なかなか事実が正確に投影された現状を把握できません。


度々「解体後、広場を何に活用したいのか?」と言う質問も見られましたが、全くのナンセンス。


まずは「球場解体に賛成ですか?反対ですか?」ではないのでしょうか?


前述の質問の時点で、既に「恣意的」と申しますか、それ以上に「誘導尋問」めいたスタンスを切に感じてしまいます。


そんな中、RCC中国放送の番組で行なった「市民1500人へ向けたアンケート結果」などは、かなり信憑性の高いモノでありました。


Q:跡地の利用法について市の計画が活性化につながると思いますか?


A:思う 35.6%  思わない 64.4%


Q:市は球場の解体を始めたいとしていますが、このまま計画を進める事が良いと思いますか・


A:思う 16.5%  思わない 83.5%


私も、自らの足で無数にアンケートを行なって参りましたが、大よそ上記の様な結果が出て参ります。


また、この未曾有の不況下で揉まれ、あらゆる計画がリアルに自社に跳ね返って来る民間企業の方々を中心に伺ったらば。


この「思わない」部分の回答パーセンテージが“より高くなる”傾向は特筆するまでもありません。


なぜならば、計画を打つ前より、その成果や結果を読む力に長けてらっしゃいますから。


そして、冒頭で「異論を噴出させた周辺の商業地域」に話を移せば。


今年の2月、その周辺商業地域のトップが中心となり、「球場跡地利用・検討協議会」が立ち上げられました。


同協議会が市議会へ向け、「市が掲げる現行案では街の未来に繋がらない!再検討を!」と要望書を提出されたのは周知のところ。


しかし!ココ最近、その周辺商業地域の“一部”の方々が、「全ては商工会議所に託す」と明白にスタンスを替えて来たのです。


(無論「ほんの一部」であり、大多数は「街の活性化の為に何とかして欲しい」と引き続き要望を発信中)


この商工会議所、未だ一枚岩でないながらも、親会トップの振る舞いは、市政と手を組み「球場解体後、広場に菓子博の誘致」。


ではなぜ?周辺商店街の“ほんの一部”は、何ら市側の「最終計画案」が改善されていないにも拘らず、そこへ賛同、「便乗」を始めたのか?


最近では、その矛盾に突っ込まれまいと、名前を伏せ、取材すら受けて下さいません。


悲しいかな、「ではなぜ?」の答は至極「簡単」であり、刷り合わせて「利害が一致した」のです。


ただ、誤解が生じてはいけないのは、未だ、自らの商売、生活が困窮しようとも「街の未来の為に」と。


振り上げたコブシを下ろすこと無く、引き続き頑張ってらっしゃる方々が沢山いる事実!


その方々をよそ目に、「寄らば大樹の陰」で、復興のシンボルが破壊される事に逡巡もなく、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。


私は、まだまだ若輩ながら、自らを思います。


1人の人間として、1本スジの通った信念やプライドも無く、「あんな人間にならないで本当に良かった」。


根本で、街の歴史であり財産を、冷徹に「解体しよう」と口にする感覚を持ち合わせておらず、心底「良かった」と。


次に、昨今、登場してくる「菓子博」に目を向ければ。


このご時世、ことごとく他都市は「菓子博」の誘致・立候補を取り下げており、晴れて菓子博の開催地に「広島が選ばれる」のではない。


開催してくれる場所が、極端に表現すれば、「広島しか残っていない」のです。


勿論、お菓子博を否定しているのではなく、催されれば催されたで「お菓子」ですし盛り上がるでしょう。


ただし、会場となる“その大部分”は中央公園や広島城周辺となり、市民球場を解体する必要は何処にもない。


今日も、時刻にして19時半くらいに市民球場横(紙屋町エリア)を通り帰宅しましたが、もう真っ暗ですよ。あのエリア一帯が。


女性など、絶対に1人で歩けないでしょう。


「広場・公園化」を全否定しているのではありません!


何度も申す通り、「解体するにしても、そこへの充分な説明と議論が“全く”なされていない!」と訴えており。


先だって、福山は鞆ノ浦の判決で下された様に、「解体されれば、2度と元には戻らない」のです。


「広島復興のシンボル」が。

2009年10月07日  みんなで明かりを灯す


つい先日も、「市民球場跡地・利用問題」に関する講演をお願いされ、ある場所で喋って参りました。


一般社会の“ごくごく一部”であれ、時に「私」を…


「市民球場跡地にサッカー専用スタジアムを誕生させようとする急先鋒」の様に捉えている方もいらっしゃいますが。


これは、誤解です。


確かに、この広島には、サンフレッチェと言うサッカーのプロチームも存在すれば♪


高校のサッカーにせよ、まだ記憶に新しい「皆実高校の全国優勝」しかり。


“サッカー王国”とも言える「広島」に、サッカー専用スタジアムが誕生して欲しい事は言うまでもありません。


しかし!広島に限らず、ある特定の地域に「専スタを建設」となれば、これからの未来“300年”見据えたとて…


どう多く見積もっても、チャンスは貴重なる「1回」。


その1回を、空きスペースがあるからと、アクセスや周辺環境の悪い場所に造ってしまったり。


“一生に1回”訪れるか否かの「サッカーW杯《広島》誘致」へ向け、大きな専スタを造ったは良いが、後々、維持費等で多大な負担を強いられ…


と、身の丈に合わない「専スタ」を造るのも反対です。


結局、そのツケを払わされるのは「後世」ですから。


その辺りを考慮しても、「市民球場跡地」に専スタが誕生してくれれば、これほど最良な事はないでしょう。


「県内」に限らず、全国的に見ても「広島市民球場跡地」と言う場所は貴重であり尊いロケーション。


ただ、跡地利用に関して講演させて頂いた際にも話をしたのですが。


原爆投下から4年後には「平和記念都市建設法」が制定され、同場所は公園化される予定だった。


(公園化を遂行する世界でも名高い“丹下デザイナー”は「現世の人々が生み出す活気で平和をアピール」するべく同周辺での“サッカー場”誕生も計画されていた)


そこへ、市民と財界が同場所へ「球場誕生」を熱望してアクションを起こした事より、「公園化」に動いていた当時の市長や行政は押し切られ…


「これより先、75年は草木も生えない」と言われた場所に、市民の球場が誕生したのです。


被爆の12年後には、荒廃した街に「希望と活気の明かりを灯す市民の球場」が市民の力で。


そして、この市民の行動が市民へ還元される。


球場誕生から52年間に渡り、正に「広島復興の象徴」として、市民の方々に無限の活力や娯楽を届けてくれました。


市民が生み出し、樽募金などを通じて、みんなで守り、育み、共に生きて来た「広島の象徴」。


この尊いシンボルを、新球場が完成したからと言い、「ハイそうですか」と解体しようとする“その神経”が理解できず。


「老朽化しているので?」


甲子園など、市民球場より30年も昔に完成しながら、今もなお、阪神ファンや高校球児をはじめ、全国規模で愛されています。


「球場はコンクリートの壁で、回遊性を遮断する?」


あの場所に市民球場が存在してくれたお陰で、「そこへ人々が訪れる」と言う“全国規模の回遊性”を生み出していたのです。


「市民球場を残せない」のではない。残そうと思えば、現代の建築技術、工法でいくらでも残せる。


ただ、市政側、引いては全ての決断を下す“長”に「残そう」と言う意思がないから「残せない」のです。


無論、まだ「残せません」と何一つも決まった訳ではありませんが。


故に、「市民球場を解体後、何にしましょうか?」と論じる前に、「球場を残しながら、どう保存、活用しましょうか?」と論じられるのが道理。


そこで、「どうしても残せません」となったらば、初めて「解体の道も少なからず出てきてしまうのか?」って話では?


なぜに最初から解体、広場・公園化から話がスタートする様な「非人道的なアプローチ」なのか、未だ市民として理解に苦しみます。


また、「球場を残して行く」となれば、何らかで維持費を捻出しなければならず、しかも街の一等地なのですから「街の発展」へ向けて有効活用しなくてはならない。


そこで初めて!「サッカー専用スタジアムに改修すると言う“いち選択肢”もあり、これは実績もあれば後悔はしませんよ!」と唱えているだけ。


同問題に関しては、平和都市を謳う広島市が、ある種、「とても乱暴な道を選択しようとしている」と言っても過言ではありません。


そこまでして、自分達の「偏った施策」を断行したいのか。


繰り返しますが、民意など何ら反映されておらず、もうコンペも何も関係ない「最終形」となっており…


話は冒頭に戻り、私が講演させて頂いた会合では、市民が約150人も集いました。


そこで、私が参加者の皆様に「市が推し進める計画(球場解体後、広場・公園化)に反対する人は?』と問うたところ。


150人中、大よそ147人の方々が「市の現行案に反対します」と手を挙げられました。


この街は、誰の為に、どこへ向かっているのでしょうか。

2009年10月05日  Party People♪



夕方の6時から…


朝方の3時まで、クラブ・イベントでMCとしてマイクを握り喋っておりました。


仕事とは言え、竜史ナイス・ファイト!


参考までに、2枚目の写真は、深夜1時のクラブ内。


東京から有名なクラブDJがフロアでプレイするとあって…


皆さん、押さえる所は、シッカリと押さえてらっしゃる。


日曜の深夜にも拘らず、そこへ合わせて続々とパーティー・ピーポーが集まって来るのです。


日本も「まだまだ元気だな♪」と痛感いたしました(笑)


ガンガンでノリノリですから。


帰宅後、明日?今日のOAの原稿を整え、現在…


4時前。


2時間後には起床です。


「なぜ1分でも早く寝ないのか?」って?


数十分前まで、あれだけ盛り上がってMCをしていたのですから…


身体が、頭の中が充分にクールダウンしていない。


それ故、「目を疲れさせて、コトンと寝てやろう」とブログを更新している次第。


明日も?今日も♪


生放送の後には、打ち合わせがあり、その後、長編のナレーションがあり。その後。


これまた次の現場の下準備をした後、20時からも喋る予定があったりで。


おっと?!


窓の外では、早くも朝刊を配るバイクの音が…


我も「まだまだ元気」です♪

2009年10月03日  鳴らない電話を抱きしめて


対エスパルス戦の同時刻。


私はロケの真っ最中。


リアルタイムで試合の行方を知りたいので、幾度も「携帯サイトにアクセスしたい」衝動に駆られましたが…


帰宅後、結果も何も知らず“録画した試合映像”を観たかったので、自重。


また、撮影スタッフには“サッカー好き”が揃っているので、「ロケ中に経過や結果が外部から入っても私には知らせないで」と重々お願い。


時計の針は、キックオフの13時から、前半が終了、後半が始まるであろう14時へ。


14時から、試合が終了したであろう15時へと、刻々と時を刻みます。


時に、サンフレが先制点を上げようモノなら、その都度“喜びメール”が知人より入ったり。


見事サンフレが勝利すれば、選手からも“報告メール”を貰ったりもする。


しかしながら、今日は、15時を過ぎても我が携帯、ウンともスンとも言わず、あれ?


ひょっとして、敗れてしまったのではあるまいぞ…


17時にロケが終了し、音速で帰宅。


録画VTRをプレイ。


そして、「我が携帯は鳴らず」の意味を知る。


1対1の引き分けか。


でも、今後を左右する貴重な勝ち点@も持ち帰り。


何より、カズの復帰♪


続いては、天皇杯を挟み、ガンバにフロンターレとの対戦です。


いずれのチームも破り、結果…


楽しいな。


Jリーグ。


生活の糧になってます♪



2009年10月01日  にふぇーでーびる



これからロケに行って来るで。


今日は格好も、なぎらけんいち風や。


突き抜けるような青い空。


そして。


神様が入浴剤を入れたんかな。


海はどこまでも広く、エメラルドの緑やったわ。


人々はメッチャ温かいし。


この土地。


さいとうや。


では、お。きなわ。


の「2泊3日ロケ」から帰って参りました。


天気も良く、昔から三線(さんしん)の音をはじめ…


島唄の大好きだった私には“聖地”の沖縄。


この度、初上陸ではありましたけども。


食事も美味く♪


昔ながらの歴史と近代的な文化がチャンプルーになった町並みもGood!


楽しかったな。


異様なまでに、楽しかった♪


また、私が泊まった“ある宿泊施設”は、「全国的には」おろか、地元の方々にもあまり知られておらず…


あれは最高!


あんな人とのカラミに、こんな人々との交流も…


これまた笑顔&笑顔で、それは“素敵なひととき”でした♪


詳しくは、10月12日のOAで。


そう言えば、久々に帰宅すると…


「あらっ!?」


前回のブログでも触れた、我が家のニュー・マイカーが駐車場に鎮座しておりまして(笑)


「こんな色で、こんな大きさだったんだね♪」


通常ならば、直ぐ様にでもキーを差し込み、近所にドライブでも行くのでしょうが…


未だ、ドアにすら触れてもおりません。


別に、何でも良いじゃない。


私も、沖縄の方々に負けず劣らず“おおらか”です♪


他に、久々に帰宅すれば、ウン十件も連絡事項が届いており、返答、返信に大あらわ。


明日も午前中からナレーションに、午後は午後で何だかんだと気ぜわしく…


そんな中、心地良い疲労感に包まれながらも、改めて痛感。


自らが、周囲の人々や仕事に恵まれている事を。


下世話な話、沖縄まで行かせて貰えて、しかも、その報酬をも頂戴するのですから。


感謝です。


偽り無く、感謝です。

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