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石橋りゅうじ 議会棟控室

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〜傘〜

74回目の原爆忌を迎えた、8月6日の朝。

台風の接近により小雨模様の中、平和記念式典は挙行され。

例年の様に、私も出席させて頂きました。

そして改めて、我思う。

国家として「自国民を守る」は、当然ながら大事であり。

中国や北朝鮮の脅威論が未だ叫ばれる現況下に於いて。

政府が核軍縮よりも“核抑止論”を基調に、米国の「核の傘」へ依存。

その政策を優先し続ける姿勢に対して「理解し得る」とは言えないまでも。

「一つの選択」ではある。

しかし、ならば仮説として「自国」にあらず「他国」が核で攻撃される時。

我々は、それを「容認」できるのか?との話で。

無論、ひとたび核兵器が使用された暁には、多大なる人的被害に加え。

地球環境にも影響が及び、何よりも「現地」へは?

如何なる国であり、如何なる軍、機関であろうとも。

早急に現地へ入り、救護活動に移る事は「不可能」ともされています。

「それは飛躍し過ぎ」と言われようと…

誰もがご承知の通り。

何も国家間の戦争や地域の紛争で核が使用されずとも、ただでさえ。

老朽化した核兵器の事故やテロリストの手に渡る可能性は、常に孕み。

だからこそ、忘れてはならない「オーストリア誓約」の様に。

「自国民」のみならず「世界のあらゆる人々の尊い命」を守るべく。

非人道的な「あってはならない物」は、やはり「あってはならず」。

廃棄、全廃すべし。

と、末席に位置するイチ地方議員の私なども今日まで。

本会議や委員会の場で幾度も訴えて参りました。

分かっています。

「そんな単純な構造ではなく、簡単な話ではない」のは。

ただし、そう言い続ける限り、悪戯に時間は過ぎて行くのみで。

近い将来、遠くない未来、いつか人々の命が核兵器により…

となってからでは「遅い」のです。

さて。平和記念式典の後は。

今年も議会棟で行われた「子どもヒロシマ平和学習支援事業」に参加。

そこには他県から広島を訪れ、真摯に学ぶ中学生の姿がありました。

そんな後生からも多くを教えられながら、今回の結びに。

本日の平和記念式典で「こども代表」(小学生)が述べられた…

「平和への誓い」の全文を記すとします。

「平和への誓い」
私たちは、広島の町が大好きです。
ゆったりと流れる川、美しい自然、
「おかえり。」と声をかけてくれる地域の人、
どんなときでも前を向いて生きる人々。
広島には、私たちの大切なものがあふれています。

昭和20年(1945年)8月6日。
あの日から、血で染まった川、がれきの山、
皮膚がはがれた人、たくさんの亡骸、
見たくなくても目に飛び込んでくる、
地獄のような光景が広がったのです。
大好きな町の「悲惨な過去」です。
被爆者は語ります。
「戦争は忘れることのできない特別なもの」だと。

私たちは、大切なものを奪われた被爆者の魂の叫びを受け止め、
次の世代や世界中の人たちに伝え続けたい。
「悲惨な過去」を「悲惨な過去」のままで終わらせないために。
二度と戦争をおこさない未来にするために。

国や文化や歴史、
違いはたくさんあるけれど、
大切なもの、大切な人を思う気持ちは同じです。
みんなの「大切」を守りたい。

「ありがとう。」や「ごめんね。」の言葉で認め合い許し合うこと、
寄り添い、助け合うこと、
相手を知り、違いを理解しようと努力すること。
自分の周りを平和にすることは、私たち子どもにもできることです。

大好きな広島に学ぶ私たちは、
互いに思いを伝え合い、相手の立場に立って考えます。
意志をもって学び続けます。
被爆者の思いに、私たちの思いを重ねて、
平和への思いを世界につなげます。

令和元年(2019年)8月6日 こども代表

投稿日 : 2019年8月06日
〜傘〜